【2025.番外編&全編再掲載】甘い罠に溺れたら
ゆっくりと――まるで足元に重しでもついているかのように、私は歩を進めた。
急ぐことも、考えることもできない。ただ、前に進むしかなかった。

あの日以来、一度も目にすることのなかった人が、目の前にいる。

この現実を、どう受け入れろというのか。

「よろしくお願いします。佐伯です」

低く落ち着いた声が耳を打つ。

その瞬間、はっと我に返ると、気づけばもう課長と彼の目の前に立っていた。

しまった――!

視線が、ぶつかる。

まるで時間が巻き戻されたかのように、懐かしく、そして痛々しい記憶が胸を締めつけた。

反射的に顔を背けると、そんな私の挙動が不審だったのか、課長は戸惑ったような表情を浮かべた。

「羽田さん、どうしたの?」

私はただ、課長だけに視線を向けた。
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