【2025.番外編&全編再掲載】甘い罠に溺れたら
2メートルぐらい離れた壁にもたれ掛かっていた部長は、ゆっくりと身体を起こすと私の方へと歩み寄る。
なぜか私はそんな部長とは反対に、後ずさりをした。
するとスッと小走りで間合いを詰めると、部長は私の目の前で足を止めた。
「ごめん。ふざけたつもりじゃない。お前だろ?デスクに置いてくれたの?もらったチョコレートが嬉しくて懐かしくて。あんな場所で話して悪かった」
真摯に謝る部長に、私は心の中で複雑な思いが交差する。
デスクに置いたのがすぐにわかるほど、過去に私達の時間があったことを嫌でも思い出させる。
「昔、嫌いだったら言ってくれたらよかったのに」
「あの時は沙耶の気持ちだと思ったら言えなかった。今日もらったチョコレートも全部食ったよ」
「そう……無理しなくてもいいのに」
少しだけ笑っていたのだろう私に、部長はホッとした表情を見せた。
「会議、頼むな。がんばろう」
それだけを言うと、部長はスッと私の横を通り過ぎていった。
あの香りだけを残して。