エリート弁護士と婚前同居いたします
「親友の彼女を奪い取るわけにはいかないでしょ?  賢い彼のことよ、醜聞を避けたいに決まってる。下手に騒がれてご両親や自身のキャリアに傷をつけるわけにいかないもの」

そうだろうか。彼はそんなにも保身を一番に考える人だろうか。本当の彼はそんな人ではない気がする。
だけどそれはなんの根拠もない私の直感。第一、日高さんに胸を張って主張できるほど私は彼を知らない。

「姉は……朔くんのことをあまり知らないと言っていましたし、朔くんも姉とあまり話をしたことはないようでしたが」
できるだけ冷静に言葉を紡ぐ。震えそうになる手をテーブルの下て必死に隠す。
胸が軋む。こんな話は聞きたくない。どうして朔くんの話をこの人から聞かされなければいけないの?

「それが何? お互いに知らなければ恋ができないとでも言うの? だったらあなたは何?」
彼女の口調は私と彼の出会いを知っている、と言外に匂わせるものだった。返す言葉が見つからない。
「あなたとあなたのお姉さんは瓜ふたつとまではいかないけれどよく似ているわ。しかも近々結婚されるのよね?」
彼女の言葉が鋭い刃物のように私の胸を抉る。

「叶わない恋だから似ているあなたを選んだのよ。そうよ、あなたと結婚したらお姉さんとは親戚になるんですもの。堂々と会えるわ」
意味のわからない眩い笑顔を向けられる。この人が恐いと本能的に思った。
吐き気がする。目の前のアイスティーに手をつける気にすらならない。

「……日高さんは私に何を言いたいんですか?」
暴れ狂う胃を押さえながら、私は平静を装って声を絞り出す。
「別れるなら傷が浅いほうがいいわよ、って忠告にきたの。あなたは所詮身代りなのだから」
勝ち誇ったように彼女は言って、颯爽と立ち上がる。まるで用は済んだと言わんばかりに。伝票を持っていこうとする彼女を必死の矜持で引き留め、力の入らない足で無理矢理出入り口まで歩く。

「よく考えてちょうだいね。お時間取らせてごめんなさい」
カフェを出た彼女は艶やかに微笑んで、夜の街に紛れて見えなくなった。日高さんのベージュのパンプスのヒール音だけがやけに甲高く耳に残った。
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