エリート弁護士と婚前同居いたします
自然と言葉が漏れた。ふたりの結婚を邪魔するつもりはないと彼に示したいとかそんな思いは全くなく、ただ純粋に姉を祝福したかった。姉は一瞬だけ驚いた顔をして、ゆったりと微笑んだ。

『ありがとう。突然の話で私も驚いてはいるけど、茜をよろしくお願いします。念願かなって、という気持ちもあるだろうけど妹を大事にしてください』
 姉は臆することもなく、私のため、彼に頭を下げてくれた。
『はい』
 彼が神妙な顔で力強く頷く。その横顔は立派な大人の男性の顔だった。仕事中の彼もこんな表情をしているのだろうか。

 あれ、でも念願かなってって、どういうこと? 同棲話に念願なんてある?
 違和感を感じて私が右隣に座る彼の顔を見つめると、彼が眉間に皺を寄せてぱっと視線を逸らす。
『ちょっと、上尾さん……』
 繋がれた手を引っ張って、追及しようとする私の声に被さる様に姉が口を開いた。

『いつ引っ越すの?』
『できるだけ早いうちがいいかなと』
 緊張が解けて少しホッとしたような声で彼が答える。
『そうよね、茜の気持ちが変わったら困るもんね』
 どこか揶揄するような調子で、姉が彼を見て言う。
『香月さん!』
 慌てる彼。

『私、心変わりとかしないけど。もうここには住めないでしょ』
 ふたりの会話を不思議に思いながら返答すると、姉は晴れやかに笑った。
『ええ、そうね。急にごめんね、茜』
『どうしてお姉ちゃんが謝るの! おめでたいことなのに』
 そんな私たちを彼はただ黙って見守っていた。
< 52 / 155 >

この作品をシェア

pagetop