ラブレター


 彼からの手紙を読み終え、ふうっと息を吐く。

 懐かしい、右上がりでくせのある彼の字。たくさんの思い出と愛がつまった、彼からの初めての手紙。この手紙に記された日付からちょうど一ヶ月後、彼は静かに逝った。

 彼は文字通り「一生」わたしを愛して、そばにいてくれた。彼の「一生」をわたしに捧げてくれた。

 この手紙は所謂プロポーズだけれど、彼は「結婚」とは決して書かなかった。そして遺されたわたしの幸せを願ってくれた。「結婚」という言葉でわたしを縛らずにいてくれた。「思い出さなくていい」と言ってくれた。口は悪かったけれど心優しい、彼らしいなと思った。


 でもわたしは、彼と結婚したかった。たとえ短い期間だったとしても、彼の「妻」になりたかった。


 だからこそ前に進むには、まだ時間が足りない。彼との楽しい思い出が多すぎて。彼への気持ちが大きすぎて。新しい恋を始める気になれないのだ。


 彼は「30歳のあゆみがどうなっているかは想像がつかない」と書いていたけれど、違う。想像がついていたのだ。わたしが彼のことを忘れられず、味気ない日々を送ると、分かっていたのだ。
 だからわたしの三十歳の誕生日に送ってくれと、お姉さんに託した。これをひとつの区切りにするために……。

 区切りにするべきだ。区切りにするべきなのだけれど……。わたしはわたしの「一生」を彼に捧げて、そばで過ごしたかった……。



 はらはらと涙がこぼれ、頬が濡れていく。
 こんな情けない姿を彼が見たら、きっと笑う。「バッカだなぁ」と楽しそうに、けたけた笑う。
 想像したら可笑しくなって、彼からの誕生日プレゼント――五つのお守りをそっと抱き締める、と。



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