愛を呷って嘯いて


 その日のうちに部活を決め、入部届を出した。手芸部。各部の活動内容を見比べてみた結果、手芸部が一番暮らしの役に立ちそうだった。針や糸の使い方を覚えれば、彼の服のボタンを付けたりほころびを直したりできるだろう。

 スポーツもやってみたかったけれど、運動部の友だちに聞いたら、どの部も朝練や昼練、放課後も七時くらいまで練習をしていて、帰って夕飯を食べると疲れて寝てしまう、勉強をしている時間がない、と言っていたからやめた。

 とにかく今は、一分一秒も惜しんで色々なことを身につけなくては。

 家に帰ってからは夕飯作りの手伝いをして、お父さんが帰って来たら本を借りに行った。お父さんは読書家で、本棚に収まりきらないくらいの本を持っていたから、それを読破できたらきっと色々な知識を得ることができるだろう。お父さんは嬉しそうに、おすすめの本を何冊も紹介してくれた。

 勉強をして部活をして家事をして読書をして……。だらだら過ごしていた日々が、一気に忙しくなった。

 元々空っぽだった頭に知識を詰め込むという作業は思ったよりも簡単で。忙しいと思う反面、楽しくて仕方なかった。知識が増えれば増えるほど、彼に近付ける。そのためなら何だってするし、何だってできる。なぜなら。お父さんから借りたシェイクスピアの本に、こんな一説を見つけたからだ。

『誠の恋をするものは、みな一目で恋をする』

 わたしは彼に一目で恋をした。だからこれは誠の恋だと信じている。そしてそれを証明するのはわたし自身だ。たとえどれだけ時間がかかったとしても……。

 勉強を始めて一年半が経った頃。ろくに会話もできないまま、勉強の成果を見せないまま、彼は大学進学のために家を出て行った。それでもわたしは、勉強を続ける。この時間が、無駄ではなかったと証明するために……。



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