愛を呷って嘯いて


 一ヶ月考え抜き、頭の中で何度もシミュレーションしてから、ようやく彼に話しかけた。「ちょっといいですか」と。およそ兄にかける言葉とは思えないような切り出し方だった。

 リビングのソファーで本を読んでいた彼は、ちら、とこちらを見たけれど、すぐ本に視線を戻し「ああ」と返事した。いつも通りの相槌。合わない視線や、わたしと話したくないオーラもいつも通りだ。

「あ、あの、わた、わたしのことで、何か嫌なことがあるなら、言ってください。き、嫌われているのは分かるんですが、どこがどう気に入らないのか、分からなくて……」

 多少どもってしまったけれど、考えていた言葉を伝えることができた。

 彼は本に視線を落としたまま、小さく息を吐く。嫌われているのは分かっていたけれど、まさかため息を吐かれるとは。

 別に、と。呟くように彼が言う。

「別に、とは……」

「別に何か気に入らないことがあったわけじゃない」

「え?」

 そして彼は思いもよらない、シミュレーションにもない、絶望的な言葉を続けたのだった。

「嫌いなのは年下。年下は知識も少ないし話も合わない。そんなやつと話している暇があったら、勉強したり読書してたほうがマシ。時間の無駄」

 仲良くなれない理由は、わたしが何か気に入らないことをしたからではなかった。でもわたしが何か気に入らないことをして嫌われていたほうが良かったと思った。

 年下が嫌い、時間の無駄、だなんて。わたしが年下でいる限り、彼とは仲良くなれないということだ。そしてわたしが彼と同級生、もしくは年上になることなんて絶対にない。有り得ないことだった。

「分かりました……」

 分かってもいないのにそう相槌を打って、ふらふらとリビングを後にした。

 その日は一睡もできなかった。彼の言葉を頭の中でリピートしては唇を噛みしめ、拳を握り、親指の爪を人差し指に突き立て続けた。

 わたしはこれからどうすればいいのだろう。四歳の差はどう頑張ったって縮めることができない。わたしが年下でいる以上、彼はわたしを好きになってはくれない。

 そして夜が明ける頃に答えが出た。むしろ、答えはひとつしかなかった。
 年の差を縮めることができないなら学べばいい。彼の同級生が知っていること、できることを身につければいい。そうしたら彼はちゃんと話してくれるかもしれない。いや、わたしに残された道はこれしかないのだ。

 確かに彼の言う通り、わたしには何の知識もない。勉強はそこそこ、掃除や洗濯はお母さんに任せっきり、料理と呼べるものはカレーくらいしか作れない。スポーツも観ないし音楽も聴かない、本も新聞も読まない。お母さんがわたしを育てるため必死で働いている間、家でただ、だらだら過ごしていただけ。こんなんじゃ、彼と話が合うわけがない。

 変わらなければ。この気持ちをどうにかさせるため、すぐにでも変わらなければならない。変わろう。彼と仲良くなるために。彼に好きになってもらえるように……。



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