やさしく包むエメラルド

停電。
わたしもこれが初めての経験ではない。
小学生のとき、実家の電線にトラブルがあったとか何とか、なぜかわたしの家だけ停電になったことがある。
夕方から翌日の午前中までそれは続き、電気会社の素早い対応によってすぐに復旧した。
あのとき幼かったわたしは、誕生日のようにろうそくがたくさん揺れるのをわくわく眺めた記憶しかない。
ご飯やお風呂がどうだったのか覚えていないし、ひとりではないから寂しくもなかった。
何より、わたしの家以外は電気がついていたので、すぐ近くにある街灯から入り込む明かりで、完全な闇にはならなかった。

デジタルの時刻表示の消えたテレビに一応リモコンを向けてみたけれど、やはり反応はない。
水道をひねってみると水は出たので、とりあえずトイレを済ませ、電気の消えた冷蔵庫を開けて中を確認。

「アイスは溶けちゃうな」

8本入りのアイスは5本残っている。全部は無理だけれど、とりあえず1本食べることにして、牛乳もできるだけたくさん飲む。

「どうしよ」

防災意識の低いわたしには、停電時の知識なんてない。
幼い頃のイメージで、アロマ用のキャンドルとライターは用意したけど、まだ必要ない。
とりあえずコーヒーでも飲みたいところだけど、わたしの住むこのアパートは望んでいないのにオール電化だった。
牛乳を一応冷蔵庫に戻すついでに確認しても、調理なしで食べられるものは食パンくらいしかない。
カップラーメンは水でも戻ると聞いたけれど、まだそこまで思い切れなかった。

『小花、そっちは大丈夫?』

さすがにこんなときは母親らしいメッセージが届くものらしい。

『停電してるけど大丈夫。電池もったいないから連絡は控えるね』

マーガリンを塗りつけた生の食パンをもそもそ食べながら、肉親らしいといえば肉親らしい親不孝なメッセージを送り返す。
続けて数人の友人とも安否確認をして、同じく停電中の同僚とは暗黙の了解でかんたんなやりとりで済ませた。
その後は電池温存。

「コンビニ行って来ようかな」

電気が通ってなければ中は暗いだろうし、レジも動かないだろうけれど、もしかしたら……。
足早に通りすぎた台風は、ネットの情報だと温帯低気圧に変わったらしい。
窓から見下ろす通りは濡れているものの空は明るく晴れ上がり、町中に散りばめられた水滴が日の光にキラキラ輝いている。
見た目にはいつもと変わらない世界が広がっていた。
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