やさしく包むエメラルド
こくり、と啓一郎さんの喉から音がする。
そんなに強くない風と葉擦れの音がうるさく感じる。
しばらく空や庭を眺めながら、お互いに無言でペットボトルを傾けた。
すると、

「明るさは強さだよね」

まぶしげに目を細めて月を眺め、啓一郎さんはおもむろにそう言った。

「そうですね。電気がないだけで、こうも生活が制限されるとは思いませんでした」

「電気もそうだけど、」

月光に濡れそぼる庭を見下ろして、こくりこくり、と何度もオレンジ水を飲み下す。
永遠にそれを見せつけられるのかと心配になる頃、風に言葉をさらわれながらようやく続けられた。

「小花がいてくれて助かった」

月の色に染められたベランダでは、その表情は読み取りにくい。

「母は元々真面目な性格だけど、病気してから落ち込みやすくなったんだ。俺と父だけだったら気の利いたこともできなくて、きっと家の空気は暗いままだった」

「そんなことないです」

真っ暗な自分の部屋の窓を眺めながら言う。

「わたしがいて、きっとおじさんもおばさんもすごく疲れたと思いますよ。たとえば、結婚って幸せなことだけど、ストレスの度合いとしては離婚に匹敵するって聞いたことがあるんです。環境の変化ってそのくらい疲れるんですって」

わたしの適当な思いつきに、おばさんはいいわね! って付き合ってくれたけど、かなり振り回されたはずだ。
疲れ過ぎて寝付けなくなっていないといいなって心配になる。

「初めてこのお家の居間に入ったとき、啓一郎さんのイメージそのままだって感じたんです。啓一郎さんはこの家で育って、この家に暮らしてるんだなって。ご病気しても停電になっても、啓一郎さんがそばにいて、おばさんは何より心強かったはずです。わたしじゃない」

啓一郎さんはまたこくりとオレンジ水を飲んだ。
そして落としていた目線を、意を決するように強くわたしに向けた。

「それでも、やっぱりありがとう」

半分照らされた顔は、やわらかく微笑んでいた。
うつくしい月に吸い寄せられるのと同じように、わたしはその笑顔に見入った。
啓一郎さんの大きくもない瞳の中にも月の明かりは入り込み、艶めくようにそれを揺らす。
しばらくそうして見つめていたら、戸惑うように啓一郎さんが表情を固くして、ふたたび庭へと視線を移してしまった。
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