やさしく包むエメラルド
ここって貸し切り風呂だっけ? と一度外を確認したほど、誰もいなかった。
脱衣場は換気扇の回る音しかせず、わたしのひそかな足音が一番大きいほど。
ムードを出すために抑えられた照明は暗くて、何か別のムードを醸し出している。
カラララララ……
サッシの音が広い内湯に反響する。
洗面器を置く音、バスチェアーを引きずる音、シャワーの音、全部わたしひとり分。
頭からシャワーをかぶって目を閉じると、不安は一層強くなった。
誰もいないのに誰かいるような気がして背中がぞわぞわする。
ふと、誰かの声がしたような気がしてシャワーを止めて振り返る。
けれど、そこにあるのは広い内湯と、内湯より一層暗い露天風呂だけ。
露天風呂の様子は暗すぎて、こちらからはよくわからない。
ただ、見つめていると、見えてはいけないものまで見えてしまいそう……。
ピチョン。
しずか過ぎる浴室に、水がしたたる音が響いて、心臓がキュッと縮まった。
天井から水滴が落ちるなんて当たり前のことなのに、恐怖感が増す。
ピチョン。
ピチョン。
「やっぱり……明日の朝入ろうかな」
中途半端に濡れた髪の毛から、冷たくなった滴が背中を伝う。
相変わらず誰か入ってきてくれる気配はないし、今ならまだ乾かすのも早くて済むだろう。
軽く身体をシャワーで流し、いそいそと帰り支度を始めたとき、
カラララララ……
サッシの音が浴室内に響いた。
期待して目を向けたけれど、出入口のサッシは閉じたまま。
カコン。
ズズズズズ。
シャーーーーッ!
音は続いている。
どうやら男湯の方らしい。
姿は見えないけれど、誰かの気配があるだけで、今までの不安は少なくなっていた。
帰るのはやめて、ふたたびシャンプーをしながら、壁の向こうの音を拾う。
身体を洗っているのか、今はシャワーの音もせず、さっきまでと似たような静けさに戻っていた。
ふたたび不安になって、向こう側の音を待つ。
するとときどき、洗面器に手を入れるような小さな水音はしている。