明治、禁じられた恋の行方

八神家へ戻った千歳を待っていたのは、
トランクを2つ持ち、待機している高倉だった。

キョトンとする千歳に、志恩は言う。

「休んでる暇は無いぞ。さっさと準備しろ。」

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気持ち悪い。

千歳は船のトイレで完全に参っていた。
もう出るものは無いが、吐き気は襲ってくる。

長崎へ向かう船に乗り込んで10時間。

トイレからズルズルと身体を引きずるように出てきた千歳は、ベッドに倒れ込んだ。


し、死にそう。


千歳にとって、ここまで長距離の船旅は初めてだ。
いずれ海外に行く為の予行練習だ、と志恩は言った。


海外は、上海へも20時間、西洋までは、何と、1ヶ月もかかると言う。


10時間でこれなのに、1ヶ月・・・

千歳が気を失いそうになっていると。

コンコン、とノックの音がし、返事をすると船室のドアがガチャリと開いた。

のそり、と起き上がろうとする。


「そのままでいいよ」


入ってきたのは、軽装に着替え、見違えた姿の志恩だった。

ニヤニヤと、初めて年相応の顔をしている。

千歳はギロリと志恩を睨みつけた。


「また吐いたんだろ。これ、飲みな」


志恩はベッドに腰掛け、仁丹(※生薬の薬)を千歳の口に押し込んだ。


その後水筒を渡され、ゴクリと飲み込む。


口を聞く元気もない千歳がベッドでだらんとなっている姿は、
可哀想ではあるが、

これまでガチガチに警戒をしていた女が、その元気もないほど脱力している姿に、ニヤケが止まらない。


「さすがの君も船酔いには勝てなかったな」


こちらに目線だけ向け、憎らしげにはぁ、と息を吐く。

その顔が予想以上に色っぽく、志恩はぐ、と黙り込んだ。


いやいや、こんなお子様相手に何を。


思えばここはベッドの上。
急に座り心地が悪くなる。

「甲板の方が楽だよ」


そう言って、志恩は部屋から出ていった。


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若さかな、適応能力がすごい。

更に8時間後には、千歳は甲板にしっかりと立ち、
気持ち良さそうに海を眺めていた。

手には英語の本を持っている。これから行く場に備えて、勉強していたのだろう。


「また吐くことになるからほどほどに」


もう大丈夫です、目を細めてそう言う千歳と志恩を、
潮風が優しく撫でていった。
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