明治、禁じられた恋の行方
その日から、志恩は人が変わったように、近衛家へ、言葉通り尽くすように働き始めた。
時間を惜しむように商談をし、話をまとめていく。
近衛家が得る利益は、膨大なものになっていった。
そして・・・
華に対しても、慈しむような優しい態度。
空く日があれば共に出掛け、わがままを言う華にも優しく笑う。
その姿を見るにつれ、正隆は、はじめこそ脅しの為に連れてきたものの、
志恩を別の目で見始めていた。
「少し、時間を作れ」
ある日、その日の商談報告をした志恩に、正隆は言った。
その日の夜連れて行かれたのは、志恩も足を踏み入れたことの無い、老舗の料亭だった。
「よく・・・やっているな。」
酒を注ぎながら、正隆が言う。
お前は、園池の娘に執心だっただろう、
そう言う正隆に、志恩は静かに首を振る。
「彼女と私との間にあったものは、契約でしかありません。」
十分に力を果たしてもらったので、もう、お互いに必要ないと思って離れただけです。
「あの娘もか?」
正隆は志恩の目をじっと見る。
「彼女には、商談での同席経験を与えました。
そのおかげで今、通訳として活躍出来ている。」
それを聞くと、正隆はじっと黙り、
酒をコクリと一口飲んで、口を開いた。
「財産税の話は知っているか。」
財産税?
突然飛び出した言葉に、頭の中で首を傾げ、
いえ、と正直に答える。
「政府の財政の行き詰まりを打開するために、
近々、新しく法律が制定される。」
華族に課せられる、凄まじい税率の財産税だ。
我らの資産は奪われる。
だから、商売に手を出し始めたんだ。
いずれは、商人と手を組まなければやっていけない時代が来る。
正隆の饒舌な話しぶりに、志恩は、この男の心が開き始めたのを感じた。
勝負に、出るか。
「正隆殿。」
呼びかけに、正隆は手を止めて志恩を見る。
「例の取引、自分にやらせてもらえないでしょうか。」
正隆の表情が険しくなった。
「お前・・・どういうつもりだ。」
慎重に、言葉を選んで話す。
自分であれば、財産税施行前に、莫大な資産を築くことが出来る。
そして・・・
「表向き禁止をし、様々な裏の者たちが手を出せば、市場は混乱するでしょう。」
でも、我々のような安全な組織が一元で行えば、統制の取れた取引が出来る。
「必要悪という言葉があるでしょう。」
誰かがやらなければならないし、
はじめに行った者だけが逃げ切れる。
真っ直ぐに見て言う志恩に、正隆は圧倒されていた。
園池の娘と関係があるかと思ったが、もともと気持ちは無かったのか・・・?
「何かあれば、お前が罪に問われるぞ」
志恩は余裕のある笑みを浮かべた。
「何かなんて、起こしませんよ。」