灯火
~幸せのかたち~
 ホテルを辞めた私は親戚の伯母が経営している仕出しの弁当店で、住み込みで働かせてもらっていた。そこで仕事中にありえない吐き気に襲われて、あまりの気持ち悪さに倒れてしまった。

 そのまま病院へと担ぎ込まれたんだけど――

「妊娠3ヶ月になりますね。おめでとうございます」

 お医者さんから告げられた言葉に、素直に喜べなかった。ジュリオとの子どもをこのまま生んで、女手ひとつでちゃんと育てられるんだろうか……

 そんな先の見えない不安が一気に襲ってきて、ひどく混乱した。

「瑞穂ちゃん、先生から話は聞いたよ。おめでたなんだってね」

「伯母さん……。忙しい時間にお騒がせして、ゴメンなさい」

 ベッドから起き上がって頭を下げた。迷惑をかけただけじゃなく大ごとに発展してる展開に、どうすればいいか分からなくて、謝る以外の言葉が出てこない。

「働いていたホテルを辞めたのは、いろんな事情があったからだと思ったけど、私のところに頼ってくれたのは、すごく嬉しかったんだよ。迷惑なんて思ってないから」

「でも……」

「もしその子を産むのなら、伯母さん頑張っちゃうかも。手伝えることは限られているけど、実際に生むのは瑞穂ちゃんだからね。どうするの?」

 あたたかい手が肩に置かれた。まるで勇気を分けてくれているみたい。実際未だに迷っているけれど、それでも――

「伯母さん、迷惑いっぱいかけると思うけど生みたいの……。大好きだった人の子だから」

「大丈夫だよ、私の他にも経験者がたくさんいるからね。安心して、元気な子どもを生みなさい!」

 伯母さんをはじめ、店にいるたくさんの人に支えながら私は男の子を産んだ。名前は、穂高。自分の名前を一字入れたのは親バカだったのかもと思ったけど、穂高との繋がりがより一層強まることで、ジュリオとの絆が繋がる気がした。

 大きくなるにつれて穂高は外国人特有の堀の深い顔立ちになり、髪の色もジュリオと同じようにキレイな栗色になっていった。

 そんな小さい穂高と一緒に買い物に行く途中で、ジュリオに出逢ったことがあった。

 桜の花が舞い散る頃、あれは穂高が保育園に通う道具を買いに、仲良く手を繋いで出かけていたときだった。

 目の前の通りを歩く背の高い外国人が、桜の木を眺めていた。その姿に、一瞬で誰か分かってしまった。

「ジュリオ……」

 胸の奥が、ぎゅっと絞られるような痛みが走る。

 立ち止まった私の手を振り切って穂高が走ってしまったけれど、追いかけることができなかった。振り向いたジュリオが驚いた顔をして、私を見ていたから――

 駆け寄った穂高に柔らかい笑みを浮かべて跪き、優しく頭を撫でる。それなのにその手をぱしっと叩いて、いきなりジュリオの髪の毛を引っ張った。

「おじちゃん、僕と一緒だね。おそろいだよ」

 向かい合っているふたりは、親子にしか見えない。

「本当ですね、お揃いです」

「ママぁ、アハハ!」

 こっちを振り返って嬉しそうに微笑みながら手を振る穂高に、私は無言で近づいて腕を引っ張った。

「行くわよ。お店が閉まっちゃうから」

「瑞穂……」

 呟くジュリオの言葉を無視して、引きずるように穂高をその場から強引に離す。

「ねぇねぇパパも、おんなじ髪の毛の色してるのかな?」

 引きずられながらも必死な感じで質問してくる穂高に、困り果ててしまった。穂高自身、自分の容姿について、周りにいるコたちとの違いに悩んでいるのかもしれないな。

 目の端に映る、ジュリオの立ちつくす姿――穂高の目の前にしゃがみ込んで、両手を肩に置いてあげる。

「そうね、同じ色をしていたわ。パパに逢いたい?」

「うん……」

 頷く穂高の顔をじっと見つめた。ジュリオにも聞こえるような、大きな声で言ってみる。

「アナタのパパはね、サンタさんのお手伝いをしているの。世界中にいる人たちに楽しんでもらえるようなものを、一生懸命に作っているからとても忙しいのよ」

「サンタさんのお手伝い、大変そうだね」

「そうなの。すごく大変なお仕事だから、邪魔しないようにしないとね」

「分かった! ガマンする」

 元気な穂高の声を聞き、立ち上がって後ろを振り返った。切なげな表情を浮かべて、私たちを見つめる。

 そんなジュリオの姿に小さく一礼をして穂高の手を繋ぎ、ゆっくりと歩いて行く。

 これが私たちの幸せのかたち――離れることで、アナタへの愛を証明してみせるから。

 穂高とふたり、ジュリオの幸せを祈ってます。

 Fin

 最後まで閲覧(人'▽`)ありがとう☆ございました。
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