Shine Episode Ⅱ
ため息をひとつついて、籐矢は再び口を開いた。
「俺と虎太郎の知り合いが音大の准教授になっている。それで卒業生のことを聞きに行った、一年ほど前だ。
准教授に心当たりはないと言われて諦めたが、虎太郎は懲りずに何度も通ったらしい。
つい最近も先生を訪ねていった」
「あのぉ、『Kの部屋にて』 は、いつでてくるんですか?」
「せっかちなヤツだな。それをこれから教えてやろうっていうんだよ」
「すっごく上から目線ですね……」 と言いたいのをこらえて、水穂は籐矢の話を真面目に聞こうとしているのに、その籐は水穂の肩に馴れ馴れしく手をまわし抱き寄せてくる。
どうにも我慢できず、水穂はその手をつかみ乱暴にひざに置いた。
「痛いじゃないか」
「仕事の話をしているときはやめてください」
「ほぉ、仕事が終わったらいいんだな?」
「よくありません!」
怒ったり、しんみりしたり、女の顔になったり、頬が膨れたり、百面相の水穂は籐矢の暗くなりそうな気持を和ませる。
しかし、これ以上からかっては水穂の怒りを大きくするだけである。
膝に叩きつけられた手を大げさにさすりながら、籐矢は話の先をはじめた。
「昔、俺と虎太郎は同じ先生に習っていた。去年、話を聞きに行った音大の准教授がそうだ」
「ピアノの先生でしたね。神崎さんは先生に反発してピアノをやめたと言ってましたね。
はっ、その先生の名前は?」
「小松崎准教授」
「こまつざき……イニシャルはKですね。Kの部屋にて……
虎太郎君は小松崎先生の部屋で楽譜を見つけた! そうですね」
「ここを見ろ」
籐矢に言われて水穂も楽譜を覗き込む。
作曲者の名前は漢字で 「由布」 とあったが、音にすると 「ゆふ」。
籐矢が大使館で拾った楽譜の作者と同じである。
「虎太郎が見つけた楽譜の作曲者は ”由布”
俺が拾った楽譜の作曲者は ”YUFU”
どちらも同じ人物が作曲した現代音楽だろう。現代音楽ってのが重要だ。
俺にクラシックばかりを押し付けたピアノ講師の部屋に、毛嫌いしていた現代音楽の楽譜があった。
そして、日本の音大の一室にあるものと同じものが、遠く離れた在仏の大使館でもみつかった。
これは偶然か?」
「いいえ……」
「しかしなぁ、虎太郎のヤツ 『Kの部屋にて』 なんて題名の絵を、よくも探し出したものだ。
その絵に楽譜を隠そうとは、かなり凝った仕掛けだと思わないか」
「そうですね……」
日本からはるばるやってきたリトグラフには、こんな意味が隠されていた。
水穂の頭の中でぼんやりと一本の線が見え始めていた。