Shine Episode Ⅱ
画面に表示された画像を見て水穂は肩を落とした。
紫子と虎太郎から贈られたリトグラフが画面に現れ、『Kの部屋にて』 と題名があった。
「そんなぁ、リトグラフの作品名だったなんて……期待させないでくださいよ」
「それだけじゃない」
「えっ?」
「虎太郎がこの楽譜を見つけた場所だ」
「あの、よくわかりませんが」
落胆する水穂へ向き直り、「ここからが重要事項だ」 と籐矢が言う。
「さっきのは本題、こんどは重要事項ですか。どれが大事なんだか……私、試されてますか?」
「そう拗ねるな」
「だって、神崎さんの説明わかりにくいです。パズルみたいです」
「さっきは感動ですと言ったじゃないか。で、どうする、聞く気はあるのか?」
「……はぁ、はい、聞きます、教えてください」
よろしいと偉ぶった声がして、籐矢は足をまた組みかえた。
無駄に長い足だことと、胸の内で籐矢の足にケチをつけながら水穂は姿勢を正した。
「一昨日、A国大使館に下見にいっただろう。そのとき楽譜を見つけた」
水穂の落ちた肩がにわかに上がり、「私、聞いてません」 と籐矢へにじり寄る。
「怒るな。俺もそのときはさほど重要だと思わなかったんだよ。
晩餐会が行われる会場の部屋の隅に楽譜が落ちていた。拾って、さっと目を通した。
虎太郎が送ってきたものと同じように、譜面におかしな箇所があった」
「神崎さん、さっきは楽譜を見てもすぐにはわからないだろうと言ってましたよね。
なのに、どうしてわかったんですか?
それに似たような楽譜だからというだけで、虎太郎君が送ってくれたものと関係があると決め付けるのはどうでしょう。
音符の記載ミスかもしれないのに」
「楽譜は右半分だけだった。だからすぐに目についた。俺が譜面を拾ってまもなく楽団員が探しに来た」
そのときの籐矢と楽団員のやり取りはこうだった。
『それ、僕の楽譜です。見つかってよかった。あなたは楽譜がわかるんですか』
『いいえ、わかりません』
『これからリハーサルがあるので探していました。現代音楽は難しくて、楽譜なしでは演奏ができないので困っていました。
見つけてくれてありがとう』
探しに来た楽団員は、籐矢にわざわざ楽譜がわかるのかと確認した。
籐矢が 「わかりません」 と返事をしたのは、籐矢のとっさの判断だった。
「彼はこれまでに何度も練習したはずだ。全体のリハーサルも入念に行われている。
記載ミスがあれば、どこかで気がついて訂正するだろう。
リハーサルがあるとか、この楽譜が必要だとか、言い訳が多すぎる。
言葉の多いのは、そこに偽りがある証拠だ」
「でも、それだけで疑うのは……」
「だからそのときは楽団員の態度に何か違和感がありながら、たいしたことではないだろうとやりすごした。
だが、やはり気になって本部に帰ってから調べた。 作曲者はYUFU、現代音楽、これだけはわかっていたからな。
だが、ネットの情報だけではなにもわからなかった」
虎太郎が送ってきた楽譜と籐矢が大使館で見つけた楽譜、双方に類似点がある。
それはわかるが、水穂には籐矢が双方を無理に結び付けようとしているとしか思えない。
水穂の頭の中でいまだ事実と事件は点のまま、線になる気配はない。
そんな水穂の思いをよそに籐矢の話がつづく。
「密輸団の一員が、ある音楽大学の卒業生に似ているとの情報があった。俺と琥太郎で話を聞きに行った」
「その話、初めて聞きましたけど……私に隠していること、ほかにもあるんじゃありませんか?」
「だから、いま話してるだろう。話の腰を折るな」
すみません……と謝りつつ、水穂の頬がふくらんでいく。
思い出したくない過去につながる話題はできるなら避けたい、その思いが当時水穂に話すことをためらわせた。