Shine Episode Ⅱ

「下見で客室に入ったときと全然感じが違いますね。明るくて、広くて、家具も素敵です。

豪華客船なんて、一生のうちに一度乗れるか乗れないかなのに。

プレミアムスイートに泊まれるなんて……あぁ、やっぱり嬉しいな」



部屋に入った水穂は、感動を抑えきれず声がはしゃいでいる。

はしゃぎながらも籐矢へ 「仕事です。わかってますから」 と一応念を押してはいるが、嬉しさが前面に出ていた。



「こんなに素敵な部屋で過ごせるんですから、神崎さんの相手をしながら一晩寝られなくても、私、文句は言いません。

神崎さんが手を上げろと言えば手を上げます。足を上げろといえば足も上げます。離れるなっていうならそうします。

寝ずに朝まで付き合います」


「そのセリフ、聞きようによっては危ない発言だぞ」


「はぁ、どうしてですか?」


「ほかでそんなことしゃべるんじゃないぞ。手を上げろとか、足をあげろとか、誤解されるだろうが。

男が女を寝かさないってのはな、そっちの意味にとられるんだよ」


「そっち? どっちですか?」



真顔で聞き返され、籐矢は返事に困った。

捜査においては鋭く優秀な部下だが、恋人のときの水穂は純情で天然級の勘の鈍さである。

そんなところも可愛いのだが、遠まわしに言ってもわからない水穂に一言浴びせた。



「俺がおまえを組み敷いていると思われるだろうが!」


「へっ? 組み敷くって、あっ……わっ、はずかしいです……」



まったくどこまで世話が焼けるのかと呆れながらも、またへこんでしまった水穂を奮い立たせ、任務へ向かわせなければならない。

活を入れるために大きな声で名前を呼んだ。



「水穂」


「はい」


「こっちにこい」



一歩、二歩と力なく近づく体を引き寄せ、耳に口をよせた。



「いつか、ふたりでクルーズに行こう。それまで楽しみは取っておこうじゃないか」


「本当ですか?」


「うん」


「本当ですね」



疑う顔に近づき、何度も本当かと確かめる唇をふさいだ。

強く吸い上げ三秒で離す。



「……約束の印だ」


「うふっ、カッコつけちゃって笑えます」


「笑うな」


「だって……」



ゆるゆると続く甘い会話は、緊迫したときを控えた緊張の裏返しだった。

見えない敵に立ち向かっていくために、活力を蓄えておかなければならない。

水穂を見つめる目が厳しく光った。

緩やかな時間に区切りを引くときがきたのだと、水穂は身構えた。



「先の話の続きだ。久我元会長だが」


「はい」


「過去に脅迫されている。当時、最高責任者だった元会長に届いたものだが、久我の周辺に気をつけろという文面だっだそうだ」


「脅迫状ですか。でも、どうして」


「企業が大きく躍進する時期には、無理な戦略も行われる。ごり押しで事業が進められることもある。

そのどこかで歪が出るものだ。会社の犠牲者となった者も少なくない」


「犠牲になった人が脅迫を?」


「久我グループが関わった工事があったが、妨害され工事はストップしていた。

現場近くで建設反対のデモがあった。そこで犠牲者がでた。3人亡くなっている」



偶然居合わせた3人が、騒動に巻き込まれ犠牲になったと聞いた水穂は 「気の毒に……」 と悲痛な顔をした。

第三者が巻き込まれた騒動のあと、久我伊周氏が責任を負い職を辞したが、辞職後脅迫状が届き、久我元会長の周辺で身の危険を感じさせる異変が続いた。

異変はしばらくして収まり最近は鳴りを潜めているが、脅迫は繰り返されるのではないかと潤一郎と籐矢は警戒している。



「新郎の近衛宗一郎は久我会長の孫だからな。用心に越したことはない」


「それだけじゃありませんね、近衛さんの披露宴で何か仕掛けられるかもしれない、そう考えているんじゃないですか?」



ゆっくりうずく籐矢の顔は険しさに満ちていた。

重いため息をひとつつくと、水穂は重ねて問いかけた。



「近衛さんも神崎さんも、披露宴が決まってから相当調べたはずです。

披露宴客の中に心当たりの人物がいるんじゃないですか? 目星がついているんでしょう?

神崎さん、私にも教えてください」



水穂の指摘をうけ、籐矢の口元が僅かにあがった。

さすがだ、良くわかったなと褒めてくれそうな口元だ。

だが、籐矢の口から出てきたのは褒め言葉はなく、思いがけない人物の名前だった。

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