夏が残したテラス……
あの頃は、誰もが俺を、志賀グループ社長の二男だと知って近づいてきていた。俺の周りに集まる奴らだって、俺の金が目当てなのは承知の上だ。
 幼い頃から、英才教育を受けていたおかげで、名の知れた大学にも、さほど苦労せずに入学した。


 毎晩のように、飲んで騒いで女の子を連れ込んでは、一晩の関係を持つ。後々面倒臭くなるのが嫌で、それなりの女を選んでは遊びまくっていた。

 サーフィンを始めたのも、女ウケすると思ったからだ。

 幼い頃から年に数回行くハワイでサーフィンの基礎的な物は身に着けていた。


 いつもの仲間と、数人の女を連れてこの海岸に来た。日本では始めてだったが、もともと運動神経の良かった俺は、それほど抵抗もなく波に乗れた。

 ふっと目線が上がった瞬間、俺は、何とも言えない解放感を感じた。
 気持ちいい……
 まるで、一人で別世界にいるみたいで、このままどこかへ行ってしまいたいと思った自分がいた。
 この感覚は、なんなんだろう?

 
 波から降りると、仲間達の声に現実に戻された気がした。
 海岸で見ていた女たちが、キャーと騒ぎ悪い気はしない。俺は、持ちかまえている女達の元へ向かおうと、ボードを持ち上げた。

 その時、ふいに感じた気配に、俺は沖へと目を向けた。ちょうど来た大きな波に、一つの影が立ち上がった。
 波の上を自由に動く姿は、まるで海を自由に動かしているのではないかとさえ思うほど凛としていた。

 綺麗だと思った。

 ボードを持ったまま、俺はどのくらいその姿を見ていたのだろうか?

「かいり―っ」女達の甲高い声も、しばらく耳に入らなかったようだ。仲間の一人が、側まで来て声をかけるまで、気が付かなかった。


「どうした? ぼ―っとして?」

「ああ、綺麗な海だなぁと思ってさ」

 俺は、慌てて言い訳をしたつもりだった。


「その甘いマスクで、そんな事言われたら、あいつらメロメロだな」

 そいつは、女達の方をチラリと見てニヤリとした。俺も、いつものようにニヤリと返したが、なんだかおもしろく感じない。

 何故なんだろう? 

 きっと、あまりに綺麗な物をみて、自分の荒んだ生活を心なしか恥じたのかもしれない。

 俺は、もう一度、沖へと目を向けた。

 ボードを抱え戻ってくる人の姿を見て、女だって事に気付いたのと同時に、振り向いた顔がまだ幼い事に驚いた。
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