夏が残したテラス……
俺は、後輩を助手席に乗せ、小さくなっていく店の灯りをバックミイラ―越しに見ながらハンドルを握った。

「なあ、野々村……」

「えっ?」

 後輩の野々村は驚いたように俺を見た。


「なんで驚くんだ?」


「海里さんが、俺の名前なんてご存知ないと思ったんで」


「はあ…… スマホにお前の名前入れておかなきゃ不便だろうが」

 そう言いながらふと思った。俺は、仲間の名前を殆ど知らない。それに、呼ばなくても皆集まってくるし、特に覚える必要なかった。


「そうですよね……」

 助手席に乗った野々村は、納得したように少し笑った。


「お前、どうして俺の足をやってたんだ。」

「ああ…… それは……」

 野々村は、困ったように口ごもって窓の外へ目を向けた。


「いいから、言えよ」


「金くれるから…… すみません」


「いいよ。別に…… 分かってたから」

 俺は、改めて自分の行動の愚かさに呆れ苦笑いした。


「俺…… 父親いなくて。かあちゃんがやっとの思いで大学入れてくれたんです。だから、少しでも学費稼ぎたくて……。俺、別に飲まなくても平気なんで。海里さんの足の役引き受けていたんです」

 野々村は申し訳なさそうに言った。野々村なりに気を使って、自分の事情を話してくれたんだと思う。


「そうか…… 悪かったな……」


「えっ!」

 野々村が、驚くのも無理はない。俺が仲間に謝るなんて事は始めてだろう。


「だが、今日で最後になりそうだ」


「…… そうですか!」

 野々村は、少し間を開けて言ったが、その声は今までになくはっきりとした、明るい声だった。


「なんだか嬉しそうだな……」

 俺は、チラリと睨むように野々村を見た。


「いえ、別に海里さんの足が嫌だった訳じゃないんです! ただ……」

「ただ?」
  
 俺は、野々村の言葉が気になり聞き返した。


「いい家族だったなあと思って……」

 その言葉に、全ての意味が込められてる気がした。野々村も、あの家族に出会って俺の何かが変わった事に、明らかに気付いているのだと思う。


「そうだな……」

 俺は、ハンドルを握りながら、まだ横に広がる海をちらっと見た。まだ、耳に彼女の笑い声が残っている。



 途中で降りる野々村の為に車を路肩に寄せた。

「海里さん、色々お世話になりました」

 車を降りる際、野々村は丁寧に頭を下げた。


「ああ……」


 野々村とは、いつかまた、別の形で再会したいと思った。
 その思いは、いとも簡単に訪れたのだが、俺達にとって辛い結果を残す事となるのだった。
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