夏が残したテラス……
「あらやだ、あなたったら、海里くんに手伝わせて!」

 梨夏さんが、呆れたように言った。

 すぐに、おやじさんが物凄い目で俺を睨んだ。


 やべ―。怒られると思った時、ドアにもう一つの顔が覗いた。


「あ―。海里さん来てたんだ」

 奏海の声に、おやじさんの誤解を解く事を忘れ、俺は顔を上げ軽く手を上げた。


 シュークリームの箱を開けると、奏海が悲鳴に近い声を上げた。

「わー! 何んでこんなに沢山あるの? しかも、すごく人気のケーキ屋さんのじゃない。どれにしよう?」


 「全種類食べればいいだろう? 数は足りるはずだ」

 俺は、ごく普通の答えを返したつもりた。

「何言ってんの? 太るじゃない。一度に沢山じゃなくて、毎日一つ筒でいいのよ?」

「そうか……」

 俺が、納得したようにうなずくと、

「そんな事言ったら、こいつ毎日もってくるぞ。アホだって事忘れるな」

 おやじさんが、適当にシュークリームを箱から一つ手にして言った。

「そうだった。あはははっ……」

 奏海の笑い声が止まらなくなり、アホだと笑われたにもかかわらず、俺の心はあたたかくなっていた。


 シューークリームを食べた後も、俺は、またおやじさんの後を付いて回った。

 気付けば、日も沈みかけ海の色がオレンジ色に照らされていた。


 喫茶店は、夜も営業していて、小さな店はほぼ満席だった。奏海がエプロン姿で、パタパタと手伝っている。

「海里くん、夕飯食べって行って。もうすぐ落ち着くから」

 忙しそうな梨夏さんに申し訳ないと思い、俺は首を横に振った。


「いえ。そろそろ帰るんで……」


「いいから、食っていけ」

 後ろに、おやじさんの無愛想な顔があった。


 梨夏さんは、ふふっと笑って忙しそうにキッチンへと戻って行った。
< 69 / 175 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop