幼なじみの甘い牙に差し押さえられました

「どうなったかって?そんなのは環の方が知ってるでしょう。

水瀬がアンルージュをどう変えるのか、環をどう変えるのか、あいつは環を託すに足る相手なのか。ただずっと見てたわ。

結果的には、アンルージュ以上にあんたの方が変わったみたいね。」


「小夜子さんにはそう見えるの?」


「こういうのって、意外と本人には分からないものよね…。

例えばその服。あんたはメンズのスーツだと思ってるけど、本当は違うのよ。」


小夜子さんは私のネクタイを緩めて、シャツのボタンをひとつ開ける。スーツを着崩すと、アンルージュで働く時のスタイルに戻った。でもどうして今、仕事着の話をするんだろう?


「その服はメンズでもレディースでもない、究極のユニセックス。着てる本人の性質を映して、見せたい性別に見せてくれるわ。だからこれまでは、この服を着たあんたはガチの男前にしか見えなかったのよ。」


「それって…今は違うってこと?」


山下さんにも見た目が変わったと言われたので、自分では分からないけど何かが違うらしい。


「同じ服を着て、同じ髪型でなのにこうも違うものかしらと思うわ。憎らしいほどキレイ。今のあんたはまるで闇を飛ぶモルフォ蝶ね。瞬きする度に燐光を振り撒いてるみたいよ。」


聞いたことのない蝶々の名前。何となく褒められ過ぎてる気がして、頭を掻いて苦笑いする。


「ねぇ環、人はいつまでもサナギのままではいられないわ。いつまでもここに閉じ籠ってないで、一度は外の世界に羽ばたいてみたら?」


小夜子さんの声は優しい。

けれど、言葉の意味を追ってみればそれはつまり「辞めなさい」ということなのだ。


「私は、アンルージュが本当に好きで…せっかくお店が続くのに離れるなんてやだ…」
< 106 / 146 >

この作品をシェア

pagetop