氷室の眠り姫
重なる手



誰にも何も告げることなく、氷室で眠る姫君は何の夢を見るのか。










人が激しく往来する通りにて、一人の少女が立っていた。
何を楽しみにしているのか、頬を紅潮させながらキョロキョロと辺りを見回していた。

「あっ」

少女の視線の先には少し急ぎ足で少女の元に駆け寄る青年の姿があった。

「紗葉(さよ)」

少女の姿に気付いた青年は周囲の人間を魅了するような笑顔を浮かべながら少女の名を呼んだ。
紗葉、と呼ばれた少女ははにかみながら青年に向かって手を振った。

「流(ながれ)」

そして紗葉の笑顔もまた周囲の視線を引き付けていた。

「ごめん、遅れた」

「大丈夫だよ。さっき来たばかりだから」

その言葉にホッと安堵の息をつきながら、流は紗葉の腰に手を回した。
無論、それはあからさまな周囲(特に男性)への牽制だった。

「お仕事は大丈夫なの?」

「もちろん、ちゃんと終わらせてきたよ。紗葉こそ、薬師の手伝いはいいの?」

流は紗葉の家が代々薬師の家系であること、紗葉がその中で重要な役割を担っていることを知っていた。

「うん…必要なことはやってきたよ。元々わたしが手伝っているのはほんの少しだしね」

家業全体からすれば確かに少しのことかもしれない。
しかし、替えの効く役割ではないことも確かだった。

「今日はどこに行こうか?」

「兄様の誕生日がもうすぐだから、贈り物を選びたいの」

「あぁ、樹(いつき)様のお誕生日か…確か2週間後だっけ」

紗葉の兄、樹は次の誕生日で二十歳になり成人することになる。
紗葉の家はこの国を束ねる帝家からも信頼深い。その為、家を継ぐことになる樹の誕生日の祝いは盛大なものになるはずだ。

「贈り物は前倒しで渡そうと思って…祝いの席ではそれどころじゃなくなりそうだし」

「そうかもな…目星はつけてるのか?」

「今度、主上に謁見することになっていて、正装の時に必要な扇を贈ろうと思っているの」

どうかな、と上目遣いで問われれば、抱き締めたくなるものの、何とかそれは理性で抑え込んで流は微笑みながら頷いた。

「良かった!男性の物ってよく分からないから、意見を言ってもらえると嬉しい」

「俺はまだ十八だし、公式の場でどんな物が良いか分からないけど、とりあえず一緒に見に行こうか」

言いながら、流は歩きやすいようにと腰に回した手を1度離して紗葉の手を握った。
指を絡めたソレは所謂恋人繋ぎと言われるもの。
紗葉はポッと頬を赤く染めながらも振り払うことなく、握り返すのだった。



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