氷室の眠り姫


目当ての物を手に入れた紗葉は、その後夕方まで流との逢瀬を楽しんで、次の約束をしてから帰宅した。

(ホントはもっと一緒にいたかったけど、仕方ないよね…)

近頃紗葉は父である柊(ひいらぎ)の手伝いで忙しい。
それは紗葉の特殊な能力によるものだったが、特殊故に頻繁に能力を使うこともなかった。
しかし、それがかなりの回数に達していた。

(父様の力になるのなら手伝うのはかまわない……でも、いったいどなたの…)

調合されている薬は決して手軽に手に入るものではない高価なものだ。
それを頻繁に入手しているということは、かなりの身分の人間であることが推測される。

「紗葉」

紗葉の思考を遮るように、部屋の外から声がかかった。

「はい…どうかしましたか?父様」

扉を開けると、そこには父である柊が厳めしい顔をして立っていた。

「………大事な話がある。居間に来なさい」

仕事には厳しいが、普段は優しい父のピリピリした雰囲気に首を傾げながら、紗葉は後に続いた。

居間に入るとそこには父だけでなく、母の花凛(かりん)が座っていた。

「母様まで……いったい何事ですか?」

花凛の表情も強張りを見せていて、ただ事でないのが見てとれた。

「紗葉、ここ最近お前に手伝ってもらっている薬の件だが」

「はい…」

「あれを納めている方だが」

紗葉は薬の調合に関して手伝っているものの、客の情報は知らされていない。
だから今柊がそれを告げようとしているのに驚いた。

「え?待って、父様。わたしにそんな話をして…」

「聞いてもらわねばならん」

被せるように言い切る柊に、紗葉は口を閉じた。

「あれは帝家に納めているものだ」

柊の言葉に紗葉は目を大きく見開いた。

「み……帝家って、まさか…」

「……病を患っているのは、主上だ」

予想外の名前に紗葉は言葉を失った。
しかし、すぐに我に返り柊に問いかけた。

「待ってください、あの薬は確か病の進行がかなり進んだ人用ですよね?」

まだ試行錯誤している途中で、完治させるまでには到っていない。

「……主上の寿命はそれほど長くない。これは主上付きの医師が診断した結果だ」

「……っ」

国を治める主上であっても寿命を変えることはできない。
それは普遍の真理だ。

「お前の力を込めた薬をもってしても進行を遅らせることしかできない」

「父様…わたしの力は薬の効果を上げることはできても万能ではないんです。それは父様が一番ご存知でしょう?」

今以上にどうすることもできない、とすがるように父親を見つめるが、柊は厳しい表情を崩さずに自分の娘に視線を合わせた。


< 2 / 63 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop