氷室の眠り姫


柊の家から戻った流は沸き上がった怒りのままに、机の上にあった茶器を叩き落とした。

「クソッ」

流は寝台に座り込むと頭を抱えた。

紗葉と最後に会った時、結婚するなどという話は欠片も出なかったし、別れることになるなどという雰囲気もなかった。

となると、話が出たのはあの日より後ということになる。
しかし、そうだとしてもあまりに急な話だ。

そこまで話を急がなくてはならず、おまけに柊の家が断ることができない相手。

流は宝石を取り扱う家業を手伝っている故に上流階級にはそれなりに顔が利く。
しかし、詳しい上下関係までは知らないので考えてはみるものの思い付かない。

だが、すんなり諦められるほど軽い想いを抱いていたわけでもない。

(こんな終わり方、納得できるわけがない!)

少しだけ冷静さを取り戻した流は、家で雇っている女中を呼んで茶器の片付けを頼んだ。





流がまず始めたのは柊の家の人の流れ方を調べることだった。

もちろん、普通に出入りしている者は数多くいるので、その中でも上流階級、いわゆる貴族を中心に調べ始めた。

柊の家は薬師という、貴族としては地位が高くない家だが、その役目と能力故に信頼されている。
そんな家と繋がりたいという者も少なくない。

それでもそんな貴族たちと結婚となれば流の仕事上、祝い事として注文が入ったり噂になりそうなものだが、それも無い。

数日調べても何も分からないことに流の苛立ちが募る。

そんな時、樹が流を訪ねてきた。


「…樹様」

思いもよらなかった樹の訪問に流は言うべき言葉を見失う。

「今日ここに来たのは父上の本意ではなく、俺の意思だ」

樹は眉間にシワを寄せたまま続けた。

「もう、あれに関わるのは止めてくれないか」

あれ、とは何かなど考えるまでもなかった。
流は地を這うような低い声で返す。

「……そんなこと、できるわけないでしょう」

「…そう言うだろうと思った。だが、お前にチョロチョロされて困るのは紗葉だ」

「どういう意味ですか」

「紗葉は…後宮に入った」

一瞬、言葉の意味が分からずに流は固まってしまった。

(紗葉が、後宮入り?東宮に嫁いだならもっとお祭り騒ぎになってるはず………まさか!?)

愕然とする流の様子に察したであろうことに気付いた樹はカオをしかめながら頷いた。

「そうだ。紗葉は主上の側室として後宮入りした」



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