氷室の眠り姫


「ごめんなさいね、紗葉。どうしても話したいことがあったの」

「いえ、構いませんが。おっしゃってくだされば私から参りましたのに」

「…私の部屋ではない方が良かったの」

その言葉に紗葉の顔色が変わる。

「主上に何か?」

「あぁ、ごめんなさい。主上のことじゃないの…あの、と…東宮のことなの」

主上に異常がないと聞いてホッと安堵した紗葉だが、東宮に関することと言われて首を傾げた。

「東宮様、ですか?」

「ええ。あの…」

言いにくそうにしている爽子を紗葉はただ見つめて言葉を待つ。

「その、東宮が貴女のことを気に入ってるようなの」

「……?はぁ…」

意図が読めなくて紗葉は返事のしようがない。

「東宮が、貴女を妻に迎えたいと」

「……はぁ!?」

爽子の言葉の意味を理解した途端、紗葉は正室である爽子の前にも関わらず、大きな声で叫んでいた。

「あのね、私はちゃんと分かっているわ。後宮入りが貴女の本意でないことも、貴女に想い人がいることも」

呆気にとられた紗葉は言葉が出ない。

「けれど、あの子は育った環境が特殊なせいか、まだ子供で、女性の気持ちを察することができないの」

年齢からいっても察しろというのは酷なことだろうが、東宮の場合は更に女官たちによって間違った情操教育を受けていた感がある。

「……爽子様はどうお考えなのですか?」

ようやく出た紗葉の言葉に、爽子は真剣な表情で返した。

「本音を言えば、貴女なら信頼できるし良い話だと思うわ」

「……」

「ただし、貴女の気持ちがあれば、の話です」

想いが伴わない婚姻は互いにつらい思いをするのが容易に想像できる。

「…申し訳ありません…私は…」

「大丈夫よ。貴女を責めるつもりはないわ」

爽子はにっこりと微笑んで頷いた。

「東宮のことはね、憧れがあるんだと思うの。真っ直ぐ自分の意思を貫く貴女に憧れを抱いているのね」

何故そんな風に言われるのか分からずに紗葉は首を傾げるしかない。

「主上が何か言ってらっしゃるかもしれないけれど、嫌なことは嫌とはっきり言って良いのよ?私がついているわ」

まるで自分の子供のように心配してくれる爽子に紗葉は恐縮する。

「そのようにお気遣いいただき、ありがとうございます」

「……こんなこと、貴女が主上の為にしてくれたことに比べれば…」

爽子は切なげに表情を歪め、首を横に振った。


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