氷室の眠り姫


紗葉と爽子の会話を後ろに控えて聞いていた風音はやっぱりな、と内心でため息をついていた。

(まったく…13歳の子供が紗葉様を妻に迎えたいなんて百年早いわ!)

とことん風音の中での東宮の評価は低い。

しかし、同時に紗葉に惹かれる東宮の気持ちも理解できた。

後宮のドロドロとした争いなどに縁のない紗葉は東宮にとって新鮮な存在なのだろう。
それに加えて紗葉は美しく、年齢の割には大人びている。
東宮が憧れるのも無理からぬことだろう。

(でも、それとこれとは別の話…これ以上紗葉様にご負担を被せることは許せない!)

救いなのは爽子が東宮の為といって無理に押し通そうとしないことだ。

風音は目の前で話し合う二人を見つめながら、何事もなく全てが終わることを祈るのだった。




その日の夜。

紗葉は妙に気が昂って眠れずにいた。

「今日は、疲れた…」

思いもよらない話題が爽子との間で出てしまい、紗葉はかなり動揺してしまった。

東宮に気に入られていると言われても、とても本当のこととは思えなかった。

なのでそれは気にしていなかったが、その後に出た話で少し考えさせられた。


『紗葉。貴女は役目を終えたらどうするのですか?』

正直、どうするもこうするもないと思っていた。

名目上とはいえ、紗葉は主上の側室なのだ。

主上が退位して東宮が新しい主上になったとしても基本、側室という立場が変わることはない。

それを知っているので、どう答えればいいのか分からない。

『主上と話していたのだけれど、貴女が望むなら早めの宿下がりも良いと思うの』

思いもしなかった選択に紗葉は言葉を失う。

『…貴女は十分私たちを助けてくれたわ。だから、よく考えて』



紗葉は変化の一番出やすい手をそっと撫でた。
少しだけかさついた感触に紗葉はギュッと目を閉じた。

人目に晒されやすい部分だけに、昼間はさりげなく隠しているが、夜になればその気遣いも必要ない。

(大丈夫…わたしは大丈夫…)

呪文のように心の中で唱えるが、手の感触が変わることはない。

「……大丈夫、じゃない…よ」

ほろほろと紗葉の目から涙が零れ落ちる。

自分で決めたことのはずなのに、順調に事は進んでいるはずなのに、ふとした時に虚しさで心が押し潰されそうになる。

こんな風に不安定になる原因が何であるかは明白だった。

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