氷室の眠り姫
爽子の言い分ももっともで、本来ならそうすべきだろう、と言うよりむしろ…
「当時、報告を入れたのです。しかし……」
「いったい何が……いえ、それ以前にどんな能力だというのですか」
一瞬、躊躇したものの、柊はすぐに口を開いた。
「どんな薬師や医師も救うことのできなかった命を救ったのです」
「……?」
「薬で治したのではありません。その者は癒しの力を持っていたのです。それは病だけでなく怪我さえも治癒させるものでした」
「まさか、そんなことが?」
「信じられないのも無理はありません。ですが、事実なのです」
「そんな特殊な力というなら尚のこと何故帝家に報告しなかったのですか」
爽子の言葉ももっともだか、それができなかった理由があった。
「……当時、我が一族はそれほど帝家の覚えがめでたかった訳ではなく、とある貴族を介して報告したそうです」
柊の祖先もその力の重要性はよく分かっていて、国の為に役立てるべきだと判断したのだ。
「しかし、その貴族は帝家に報告することなく、自分の為にだけその力を使わせたようです」
爽子が不思議そうに首を傾げた。
「それは私利私欲の為に…?でもそんなことをすれば公になって帝家の耳にも入ったはず…」
「資料によりますと、その貴族自身が不治の病に罹っていたらしく、その治療の為にと。しかし、その力とて万能ではありません」
柊は紗葉のことを思い出したのだろう。唇を噛み締めた。
「力を使えば消耗します。もちろん、回復方法はありますが、その貴族は己の病が治るまではと酷使させたのです」
「それは、つまり…」
爽子の顔色がみるみる青くなり、それを見て柊は顔をしかめたまま頷いた。
「結果として、亡くなったそうです」
貴族の自己中心的な行為に罵詈雑言を吐きたいのに、言うべき相手がいないことで爽子は何とか感情を抑え込んだ。
「当然の如く、治癒しなかった貴族も間もなく亡くなったらしく、その貴族以外知る者もいなかったことで治癒の力の存在も秘匿されました」
「………それは確かに口外できないわね…つまり、紗葉はその先祖の力を引き継いでいるということ?」
「必ずしも力を持った者が生まれる訳ではありません。先祖返り、なのでしょうね。時折、こんな能力の持ち主が生まれるのです」
柊は深くため息をつくと、首を横に振った。
「正直、自分の娘がそれに当てはまるとは思いもしませんでした」