God bless you!~第11話「ヒデキとハルミ」
中川進学教室  講師 古屋英樹

タイムトラベラー。
始めてその子を見たのは、国立コースのフロアをうろつくその姿。
まるで時代を間違えて迷い込んだ、それだと思った。
見ると、双浜高の制服を着ている。
かなり小柄だけれど、迷子になるには大きい。
そして遊びに来るには場違いを冒している。思い切って呼び止めたら、同級生の学習状況に始まり、何故かこちら側の業界事情、根掘り葉掘りとまではいかないが、質問攻めにあった。
何がそんなに気になるのか。ツボが分からない。
話し方、それも目上とのやり取り、最初から最後まで無邪気が過ぎる。
まさに今時の子である。
その子は聞きたい事を聞いたら興味を失ったのか、東大を受けるとカマして幕引きを図った。本当の所、大学は夜間に通いながら昼間は働くという。
これは、最近世間を騒がせている貧困世帯なのかと気になった。
本人はそういう理由ではないと言い張るが、こういう場合、そういう子は本当の事を言わない。だから言葉通りに受け取ってはいけない。
大人として、イジられたまま、このまま帰すのも何だか悔しい。
次第に興味も湧いてきて、英語に難があるなら、せっかくだからと知り合いの塾を紹介した。
〝ゆとり学舎〟
パンフレットには、僕の名刺を添えた。
「ちなみに、君のやりたい仕事は何?」
そう訊ねると、その子はじっくり考え始めた。
かなり時間がたった。それでも僕は根気強く待つ。
その顔は、答えを考えている顔ではなく、答えはちゃんとあるけれど、それをどう言ったらいいのかと言葉を選んでいるように見えたからだ。
真剣な問いを目の前にしたら誤魔化さない。そんな意志の表れだと思った。
やがて顔を上げて、
「たくさん経験して、たくさん心が動く。そういう仕事がやりたい」
久々に脳天が、すこん、と抜けた。
遙か彼方の宇宙から飛んできた隕石に、頭を弾かれたような。
具体的な職種ではなく、それを言う自分の何かを気づいてもらいたい。
そう言ってるようにも思える。
言葉通りに取っていいのかな?と疑ってもいた。アニメか何かの受け売りかもしれない。年齢なりの軽さも感じられて。
「で、何を経験したいの?具体的に、どういう感動を求めてる訳?」
つい前のめりで聞いたら、その子も同じように近づいてきた。
とても綺麗な目をしている。
やっぱりかなり時間をかけて、言葉を選んでいた。
あれでもない。これでもない。
とうとう決まったのか、ひょい、と顔を上げた時、ぽーんと小さく音が鳴ったような。
「何でも、やるんですよ。毎日たくさん。気絶するまで」
そういって屈託無く笑った。
それからの、達成感。
そして、幸福。
この子は手を伸ばしている。とにかく、冒険。チャレンジ。
目的が決まれば、勉強はその後についてくるタイプ。
つまり今の時点で、君の答えはもう出ている。
若い時に勉強しておけば……というのは、もはや詭弁だ。
否応なく求める時。それこそが最もふさわしい時期。いくつになっても勉強、と言われる所以である。
大人になってからの1年間、学業専念が叶うなら、どんなにいいだろう。
もし、君みたいな妹がいたら、側に置いてこれからどうなるのか見てみたいと思ったかもしれない。
「君、名前は?」
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