God bless you!~第11話「ヒデキとハルミ」
「9月10日だよん♪」
「あ、昨日の英語の宿題、やった?」
「まだ」
最近は立場が逆転している。
まだ、と答えるのは、今までは右川の方だった。
今は俺の方が、まだである。
学校の課題は後回し、俺は塾の課題と予習に掛かりっきりだ。
学校の課題は当日、朝来てから始まるまでの時間にパッとやり、それが短時間で簡単にできるようになると、実力が上がったと実感。そんな独り小テストへと変化している。
9月に入り、クラスでは日ごとに戦況が知らされる。取り合った指定校推薦。友達と連れだって狙った人気大学。学校訪問の行く末。推薦という恩恵に預らない俺のような輩は、今は滑り止めのリサーチに余念が無い。
「1日10時間勉強してますって言ったら、12時間しろって言われた」
遊びにやって来たノリが、開口一番、それを嘆く。
やけに顔色が悪いと思ったら。
「このプリント、何色に見える?」と、たまたま横にいた女子が振る。
「何色って……白っていうか。普通に紙の色じゃん」
「あたしの行ってる塾。これが白く見えてるうちはまだまだ甘いってさ」
それは、太陽が黄色くなるまで頑張れ、と同じ意味なのか。
色は別として、確かに目はやたら疲れる。たまに視界がユラユラと滲んだ。
これは視力が落ちたのか。それとも疲れ目の極みなのか。
まさか、いつのまにか泣いてるなんて事は……。
おかげで目薬が手放せない。眠気覚ましにも効果を発揮してくれるが、何て言うか……気安めとしか言いようがない。
昼休み。
「えー、面倒くさ」と嫌がる右川を、今日は無理矢理、学食に連れてきた。
2人仲良く(?)横並びで座る。
すると、周囲は横目で、あるいは気配で、俺達を認識する。
こそこそと仲間内で話題にするけれど、永田のような大騒ぎは無い。 
付き合っている……かもしれない。
生徒会の作業中……かもしれない。
居合わせただけ……かもしれない。
わざわざ驚いて見せるほどのトピックを感じない。
くっ付いたり離れたりという、まるで都市伝説。噂に忙しい2人だと、ぼんやり認知されている気がする。
右川は持ち込んだ弁当をとっくに食べ終わり、それだけでは飽き足らず、今度はポッキーをつまんでいた。
ここに来ると気のせいか、右川はさっさと食べて帰ろうとする傾向があるように思う。今日は俺がその隣で、真木の生徒会の議事録を添削しているから、仕方なくまだ居るという感じだ。
突如、俺をジッと見つめるので、「何?」と訊けば、「クマ出てるよ。ただでさえ目つき悪いのに」と、心配してくれるのかケンカを売ってるのか。
手鏡を渡されたので取りあえず覗く。
うん。確かに。睡眠時間はアイドルも真っ青の1日4時間だし。
「これ何の冊子?」と、右川は俺のスポーツバッグの中身を指した。
「すげー量だろ。塾の」
「てゆうか、この塾。やっぱどっかで見たような気がする」
いつかも、同じような謎に迷っていた。駅の向こう側・大通り沿いだから、看板とか、見た事があっても不思議じゃない。それを言うと、「うーん」と、納得したようなしてないような。
不意に、こっちの腕を、つんと突いたと思ったら、
「英語の宿題やったら見せて」
「ふざけんな甘えんな自分でやれ。もう教えない」
そこまで言って、彼氏の発言とは思えないと気が付いた。
ちょっと譲ってみる。
「そんな難しい単語ないだろ」
それを確かめる振りでテキストをめくった。
「だって辞書引いてるとすぐ時間が経っちゃって、全然進まないんだもん。飽きた」
それで宿題が進むなら、俺だって投げ出す。
「受験科目って、英語だけ?他は?」
「小論文。これは現国のアキラに見てもらってる」
現国のアキラとは、50代の先生だ。
特徴として、頭が少し寒い。今年に入って、もっと寒い。
とはいえ、
「まさか本人にもアキラとか言ってないだろうな。頭が寒いとか」
「それは、いくらアキラでも可哀想で言えないっすよ。頭が寒いなんて」
吉森先生を堂々と〝のぞみちゃん〟と呼ぶ。右川の場合、有り得るから怖い。頭が寒いというだけでアキラは、こんなチビから、おちょくられてしまうのだ。先生ってほんと大変だよな。
阿木の事が浮かんだ。幼児教育志望と聞いている。小さい子供は別の次元でさらに大変だろう。
新しいテキストを開いたそこに、藤谷サユリがやってきた。
「あれ?もう別れたの?」と、唐突過ぎる。
「こうして一緒に居るだろが」
「だって右川、ネクタイ外してるじゃん」
そう言えば、胸のあたりが一段と寂しい。
「だって、重ったるいんだもんね」と来る。
「おまえな」と文句を言い掛けて……藤谷の前でそれはマズい。
「まー、生徒会という立場上、あんまり浮かれて大っぴらにもできないんだよ」と、言い訳をかました。
だけどちゃんと付き合ってる。当然、強調しておく。
「へえー本当に本当なんだぁ」と、藤谷は右川を上から下まで、舐めるように見た。
「だから言ったろ」
せいぜい、言い触らしてもらいたい。
右川はと見れば、やや外側に体向きを変え、ポッキーを片手に、テーブルの下でマンガを読み始めた。マンガなんか読んでる場合か!と、うっかり喝が出そうになった所をゴクンと飲み込む。俺達の広報担当・藤谷の手前、今は何も言わないでおいてやる。
「ねぇ、沢村が下に着てるTシャツって、もしかしてTWICE?」
藤谷は、透けて見えたシャツのロゴを言ったらしい。
1番目立たないデザインと思って拝借したのだが、このシャツは弟のだ。
「俺、よく知らないんだけど。そうなの?」
「そう。そのTとWのロゴ。そうだよ。あたしTWICEのミナ大好き。キーリング持ってる」
藤谷はいつの間にか、俺と右川の間に入りこんで、そのキーリングをじゃらじゃら言わせた。右川もそれをちょっと見て、何も言わず、椅子をさらに外にずらし、またマンガに戻る。
TWICEは、韓流グループ
ミナは、実は日本人。
尤も美しい日本人として認定。
俺は、藤谷が垂れ流すミナあるあるを聞きながら……右川のこういう所が分からない。どうしてそこまで卑屈に収まる必要があるのか。
海川のような口数少ないヤツらには自分から散々話しかけるくせに。
藤谷は、放っとけば勝手にしゃべってくれる子だ。右川と似たような無邪気な性質も窺える。なので、右川がポンと入れば気楽に親しめると思えた。重森に大胆にケンカを売るあの勢いはどうした、と聞きたい。
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