恋を乞う。


俺の朝は早い
就寝は午前1時、起床は午前4時。
親の脛を齧っていきたくないので、ベタだが新聞配達。
終わるのが大体6時で、家に帰り次第自分の準備と爆睡している彼女を起こさなければならない。
「あと、五分ん」
布団にしがみつきながら、呟く
心地よさそうな布団を引っぺがし、起きろと促して下に降りる。
ここからはさすがに一人で準備を始めるため、俺は昨日予め下ごしらえをしておいた朝食作りを始める。
朝食が出来上がった丁度のタイミングで、顔を洗い終えた彼女が半開きの目でもそもそ食事を始める。
静かに食事を始めたのを確認してから、自室へ向かい制服に袖を通す
洗面所に向かい髪を前わけにして、伊達眼鏡を掛ける。
重さ10キロにも感じる眼鏡を掛けた瞬間、スイッチが入る。

鞄に教材を詰めて、階段を降りると、まだ制服のブレザーを持ったままうとうとしている彼女に「二度寝したら確実に遅刻だぞ」と強く言い過ぎないように忠告する。時折強く言い過ぎて喧嘩になることもすくなくはない。
「ぁい、起きます」
初めのはが発音できていない寝ぼけてる感が可愛さを倍増させている
もう今すぐにでもこの手中に収めて、どこにも出させたくない本心はひた隠し、トラウマが拭えるまで手は出さないように、今はただ、堪える。
年々増す彼女の可愛さに、同じことが起こるのではないか心配になる。
「今日から久々に道場に行くんですよね?」
扉に鍵をかけながら、彼女の言葉に相槌を打つ。
鞄に鍵をしまい、彼女の隣で、ゆっくり歩く
俺が学校に近い高校を選んだおかげで、登校時間はたったの5分。
道場は学校と自宅の間、割ってみたら2分くらいか
あの事件が起こった頃に彼女が行っていた中学は今の高校とは真逆の道、20分はかかっていた。
さすがに5分の距離で一緒に帰る必要の、需要もあまり感じられないが、気休め程度にはなるだろう。彼女の気休めになれるのならば、睡眠時間を削った甲斐がある
「じゃ、またあとで」
「ああ、何かあったら連絡しろよ。」
1年の教室は一階、3年の教室は職員室と生徒会室のある三階、毎朝1年の教室の前で彼女と別れ、三階に上がる。
階段を上り、生徒会室に書類を置き、教室へ向かう。
廊下ですれ違う人に、「生徒会長、お早うございます。」と挨拶され、挨拶を返す
生徒会長はいつ何時であっても、気を抜けない仕事だ。
教室に着くと、女特有のうるささに鬱陶しさを顔に出さぬよう気をつけ、席につくと腐れ縁で小中高と同じ金髪がにやにやと近づいてくる。
「鬱陶しいな、てめェは。」
「朝からお熱いねぇ、会長さん」
うざい顔をしたそいつは何やら見たような気もする一枚の紙切れを俺に見せびらかし自分の名前の記載された箇所を指差す
「俺が姫の100人斬りの99人目」
姫、というのは、この高校における彼女のあだ名のようなものだ。
この高校の姫、という意味らしいが、俺はなんだかいけ好かないあだ名だ
「なにが姫だ、馬鹿馬鹿しい。」
「俺が姫に勝てば、お前にバトンタッチしなくて済むよな」
勝てる気もしなければ負ける気もしないようなこの男も、一応だが門下生だ
それも俺と彼女、姫と同じように免許皆伝の腕前、やろうとすれば姫さえやれるのかも知れない。
「この賞品があれば男は皆食いつくよな~」
指を再び紙にめぐらせ嬉しそうな顔で、俺に言う
紙の文字に目をやって、目ん玉が飛び出るか、というほど驚きに駆られた
「姫と、1日デート、券、だと?」
俺が呆気にとられているうちにイソイソと、腐れヤロウが自らの椅子に戻る
授業開始のチャイムも、終了のチャイムも、教師の呼ぶ声も、一寸も耳に入ってきやしなかった。
「大丈夫なんですか、この人」
当本人の言葉以外
「姫ちゃんじゃん!」
喜びながらも1ミリも近づかないあたりはさすが、教師以外で事件を知る唯一の人間だ。話すときは顔も背けて圧を与えないようにしているが、後ろの関係ない女までビビらせて、あまり意味は感じないが
「ていうか、お前どういうことだよ、コレ」
あ、バレました?なんて笑う姫の頬を少し引っ張る
「こうでもしなきゃ人が集まんなかったんですよ、でもほら私女子にも人気ありますし!」
ごまかす笑い方をする姫に、負けたらどうするんだと言おうとした喉が急に阻止しやがった。
それはきっと、姫が一番思っていることだろう。
「頑張りますよ、私。アンタにも、勝てるように」
初めて声を聞いたなどと外野が沸く、堂々と勝てる宣言をされっぱなしじゃ、男として、生徒会長として、仮の保護者として立つ瀬がない。
「俺も、お前には負けねェ。」
十戦六敗がよく言うと自ら思う、どうしたってこの姫のそのあだ名らしからぬ早業に勝てない俺はあと1週間で、勝ちまであげなければならない。
どうやら、この話のカテゴリを恋愛(純愛)から、青春・友情に変えなくてはならなくなるかもしれない。
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