私は強くない
「私を営業部に戻してもらえませんか?」

私は、都築課長に頭を下げた。

「え、な、え?営業部に?」

都築課長も、いきなりの事でびっくりしているようだった。

「はい。都築課長もご存知だと思いますが、私は元々営業部だったじゃないですか。AGに入ったのも、営業を希望してでした。今回人事異動があるって事で、もう一度やり残した事をしたいなって考えるようになったんです。あ、ただ人事の仕事が嫌になったんじゃないんですよ。今の仕事も私は誇りを持ってやっています。ただ、チャンスがあるならって…考えるようになったんです」

黙って、私の話を聞いている都築課長。
やっぱりダメかな。ただの係長である私が部署異動の願いを出すなんて。
しかも、樫原係長のポストになんて。

「倉橋…」

「はいっ」

「まず、今回の人事異動の件なんだが。会社としては、現営業部の中から有望な人間を係長として、上げよう、となってるのは事実だ…」

やっぱり、無理か…

「まぁ、誤解するなよ、倉橋。ただ、会社の方針としてはそうだとしても、あの会議の時も話が出てただろう?他の課の課長から、出来る人間を他の部署から引っ張る事もありなんじゃないかって、話してたのを覚えてるだろ?…」

あ?そう言えば、そんな話してたな…

「人事部としては、出来る人間に抜けられるのは、問題なんだかな。ただ元々営業部でやっていたのは俺も知ってるしな。倉橋が営業部でもう一回やりたいって言うんであれば、倉橋の能力なら十分やっていけると、推す事も出来る。異動願いではなく、人事部からの提案と言う形で薦める事は可能だが…」

「え?いいんですか?」

「会社として、どういった答えが出るかは分からんがな。しかし、お前に抜けられるのは、俺が困るんだがな。どうしてくれるんだ?お前ほど出来る奴いないんだぞ?」

「すみません、けど都築課長、私をそんなに買い被らないで下さいよ。私ぐらいの人間って、今の人事部には他にもいますって」

申し訳なくなって、頭を下げる私に、都築課長は笑いながら、

「まぁ、そう言う事にしておくよ。あぁ、名取にも話を通しておくよ。元々、倉橋の直属の上司だっただろ?案外喜ぶんじゃないか?名取の奴」

意味深な笑顔を見せる、都築課長。
名取課長が喜ぶって…、それは違うんじゃないかな。

「ありがとうございます」

お礼を言いながら頭を下げる。
ここから、私の違う一歩が始まろうとしている。そんな予感がしていた。
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