家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました

「う、おいひぃです」

「普通そんな一気に飲まないだろ? 君、まだちゃんとした礼儀を習ってないな?」

「これから教わるところだったんですぅ。社交界デビューも間近にひかえてましたし」

ロザリーのろれつが怪しくなっていく。お酒に酔うのは人生で初めてのことだ。

「デビュー前か。……年は?」

「十六ですぅ。なったばっかりで……。その、誕生日に劇を見に行ったんです。その帰りの事故で、……父母が死にました」

思い出しても、相変わらず涙は出てこない。
大切なはずの父母への情。取り戻したくて焦る。そんな焦燥だけはきちんと存在するのに。

「……悪い」

いきなりの深刻な話にザックは驚き、思わず目をそらして口を押さえる。
その態度に気遣いが感じられて、ロザリーはホッとした。
お尻のあたりが、嬉しさでムズムズする。彼はきっといい人だ。優しさがほんのり伝わってくるから。

「大丈夫です。だって私、悲しくないんです。……心が、感情が、おかしくなってしまって。だから私……」

ぽつり、話し出したロザリーの横顔は寂しさに憂いていて、先ほどまでの無邪気な少女の一面がかき消えたことに驚きながら、ザックは彼女が紡ぐ不思議な話に耳を傾けた。

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