結婚願望のない男

「…こないだは、少しキツく言ってしまって悪かった」

「…え?」

思わず顔を上げると、山神さんと間近で目が合って慌ててまた下を向いた。

「な、なんで山神さんが謝るんですか。あれも、悪いのは私です。段取りが悪くて、後輩の面倒も見切れなくて…山神さんをイラっとさせてしまったのは当然だと思ってます…。それに、迷惑をかけたにもかかわらず、あんなに丁寧に赤入れまでしてくれて。あれのおかげで、スムーズに修正ができたんです。むしろ感謝してるぐらいですよ」

「でも、あんな風に言わなくてもよかった。あんたが課長のことで悩んでるのを俺は目の当たりにしてたはずなのに…。正直言うと、あの会議の出来とは関係なしに、ちょっとイライラしてたんだ。ただの八つ当たりだ。完全に俺が悪い」

「そ、そうなんですか?会議の前に何か嫌なことでも…?」

「いや、そういうんじゃなくて…」

山神さんはちょっと気まずそうに私から視線をはずした。

「…あんたと島崎が、妙に距離が近いから…」

「…え?」

山神さんが小さい声で言うので、思わず聞き返してしまった。

「あ、あんたと島崎が、打ち合わせの場でイチャつくからだよ。ことあるごとにお互いをかばいあってるし、ヒソヒソ話するときの顔が近いし、目につくんだよ。仕事中はああいうのやめろよな」

「い、イチャつくって…!私と島崎くんはそんな関係じゃないですし、イチャついてませんよ!?いたって普通に…!」

「そうなのか?でも、島崎に慰めてもらうとかなんとか言ってたじゃねーか、前、電話で。結局付き合ってないのか?」

「…!あ、あれは…!」

もう二度と会うこともないと思って山神さんに吐き捨てたセリフを思い出し、私は顔が熱くなった。そういえば勢いでそんなことを口走ってしまったような…。

「…あれは、その、ついかっとなってしまって勢いで…。まぁ、その、結局あの後島崎くんから告白はされたんですけど…まだ返事してないです。何もないんです…」

「まだ何もない…か」

山神さんはいまいち納得しきれていないようで、複雑そうな表情だ。

「…フン。じゃあ次からはもう少し距離を保て。仁科も『あの二人付き合ってんじゃないか』って言ったぞ。はたから見るとバカップルにしか見えない」

「そ、そんな風に見えてたんですか…。気づかなかったです…。次から気を付けます…」

ワタナベ食品の皆さんにそんな風に思われていたのかと思うと恥ずかしすぎる。確かに私は先輩として島崎くんをかばうし、島崎くんは島崎くんで私のことを心配してくれてかばうし、仲が良いのは事実だと思うけど。イチャついて見えるような距離感だったなんて、全然気付かなかった…。
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