結婚願望のない男
一向に風雨が弱まる気配がない中、私は数分そこで丸くなって耐えていた。すると、バシャバシャと雨を踏みつける足音が近づいてきた。
「山神さん!?」
私が顔を上げると、「ひでー雨だな」と、傘とビニール合羽で武装した山神さんがゆっくり近づいてきた。
「大丈夫か?」
全身びしょ濡れで、丸くなってガタガタ震えている私を見てさすがの山神さんも心配げな表情だ。山神さんは傘をたたみ、持っていたビニール袋から大きなバスタオルを取り出した。
「俺、たまに会社帰りにランニングしたりするんだけど…その時にシャワー浴びるからさ、大きめのタオルを会社に置いてたんだよ。こんなにずぶ濡れじゃ、フェイスタオルぐらいじゃどうにもならないところだったな。ちょうどよかった」
「あ、ありがとうございます…!」
この状況でのバスタオル、ありがたすぎる。私は受け取ったタオルに急いでくるまった。
(あー!暖かい…!幸せ…!)
「あとこれ、傘と合羽。うちの会社、外回りの営業のために傘と合羽は備品としてたくさん置いてあるからさ。もらっとけ」
「ありがとうございます…」
この雨だと山神さんもずぶ濡れになってしまうのではないかと思っていたけれど、合羽のおかげで服はほとんど濡れていないみたいだ。平気な顔をしている山神さんを見て私は少しほっとする。
それにしても、備品として合羽まで用意してあるなんて、さすがに大きい会社は準備がいいなぁ…なんて思っていると、山神さんは私の隣に座ってまた袋をゴソゴソしはじめた。今度は何が出てくるんだろうと見ていると、フェイスタオルを取り出して、私のほうに手を伸ばしてきた。
(えっ…!?)
そして、突然頭をタオルで覆われた。
山神さんが無言で、私の頭をタオルでわしゃわしゃと拭き始めた。
「や、山神さん…!?」
「なんだよ、せっかく頭を拭いてやってるのになんか不満か?こんなに髪を濡らした状態で会社に戻ったら、周りの人間から変な目で見られるぞ」
「そ、そうですね…。ありがとう、ございます…」
「…こんなことになるなら、無理やりにでも傘を渡しておくべきだったな。傘を貸すって言ってる香川の横に俺もいたのに、何もしなくて悪かったよ」
「そ、そんな…!悪いのは私です…!ちゃんと天気を見てなかったのも、香川さんの厚意を無下にしたのも…!だから山神さんは何も悪くないです!」
「……」
「……」
そして、沈黙。
山神さんの顔が近くて、顔を上げるに上げられない。
そういえば、メールや電話で調査票の相談は何度もしたけれど…こないだ山神さんに怒られて以来、ちゃんと顔を合わせたのは今日が初めてだ。
(今日は、こうして優しくしてくれるけど…。もう怒ってないのかな…?)
私がチラチラと山神さんの顔色を窺っていると、山神さんが口を開いた。