結婚願望のない男

ふわふわした気持ちで社に戻り、あたたかいお茶を飲むため給湯室に入ったところで、島崎くんが駆け寄ってきた。

「品田さん、雨大丈夫でしたか!?」

髪も体もしっかり拭いたからビショビショというわけではないけれど、島崎くんは湿っているところを見つけてハンカチで軽く拭いてくれた。

「うーん、かなり降られたけど、山神さんが傘とかタオルを貸してくれたからなんとか。ワタナベ食品の備品の合羽も、もらっちゃった」と言うと、島崎くんは少しむっとした表情になる。

「品田さんはやっぱりまだ…山神さんと親しげですね。なんか納得いかないなぁ。電話してくれたら僕が傘を持ってワタナベ食品まで迎えに行ったのに…」と不満げだ。

「ありがとう。でも本当にすごい雨だったから、傘だけじゃ意味なかったって。来なくて正解」

「まぁいいですけど…つまんない男の嫉妬ですから。それより今日は僕の代わりにプレゼンやってくれてありがとうございました。無事に終わったんですよね?次は僕、アクセス解析のデータを取りまとめますね。同時並行してた他のジョブも落ち着いてきたんで、今度こそ僕がメインで頑張りますよ」

「別に構わないけど、私にも手伝わせてよ?」

「…でも僕、先輩にまだ全然いいところを見せられてないから、挽回しないと」

「またそういうことを…」

「…この案件が終わったら…返事、聞かせてくれますよね?」



………。
何の、とは聞くまでもない。


彼は同じ部署の後輩で、仕事における良きパートナーで…。この関係を進めるのか、そのまま永遠に止めてしまうのか。私はその決断をまだ先送りにしたままなのだ。


「…か、考えておくね…」

そう言うのが精いっぱいだった。

「わかりました」

彼は言いながら、突然私の手を握ってきた。

「えっ!?」

自分よりも温かく、大きな手だ。可愛らしい顔をしていても大きく骨ばった手はちゃんと男の人の手で、どうしてもドキドキしてしまう。
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