隣は何をする人ぞ~カクテルと、恋の手ほどきを~
私、村井莉々子は青森の田舎から、大学進学とともに上京してきた。
りんご農家の娘としてのんきに育った田舎者が、都会に並々ならぬ憧れを持ち、圧倒され、必死に田舎臭さを隠してしまうのは仕方ないことだと思う。
幸い適応能力は高かったみたいで、二年と少しの間に都会暮らしにすっかり馴染んだつもりでいる。

少し前には素敵な彼氏もできた。親友のお兄さんの友人……という繋がりで知り合った七歳年上の会社員の彼、吉沢さん。寛容で優しくて何でもリードしてくれる理想的な人。

前期試験の最終日だったこの日、解放された気分で大学の門を出たあと、デートに備えて一度家に戻った。シャワーを浴びて化粧もやり直して、レースのついた膝丈のフレアスカートと、女子力アップのオフショルダーのブラウスに着替えて、待ち合わせ場所に向かう。

マメな彼は、連絡もなく約束の時間に遅れてきたりしない。だから私も早すぎないように、遅すぎないように到着できるよう注意をしている。

「待った?」
「いえ、今来たところです」

予定通りの時間に、吉沢さんの会社近くの駅で落ち合い、軽い食事をする。その後、帰りがけに私の住んでいるマンション近くにある、一軒のバーに立ち寄った。

レトロな雰囲気がある店内。落ち着いた音楽。何度目かの来店だけど、大人の仲間入りができた気がして、とても気に入っている。
でも、この夜私は自分の失敗に悪戦苦闘していた。注文したのは、チェリー・ブロッサムというかわいい名前のついたカクテル。お酒の知識なんてろくにないのに、名前だけで安易に頼んでしまったのが、間違いだった。

そのカクテルはとても甘い。でも、ものすごく飲みにくい。たぶん相当強いお酒だ。
飲めないなんて恰好悪いことは言えないし、お店にも失礼だ。だって、これはバーテンダーさんが私のためにシェイカーを振って作ってくれたお酒で、グラスに注がれ私のもとに届けられるまでの間、とても特別な気持ちになれたのだから。

なんとか飲み干そうと、必死になっていると口数が少なってしまう。二人の会話が自然と途絶えた数秒後、その瞬間はやってきた。

「ごめん、莉々子ちゃん。僕たち長くは続かないと思うんだ」

様子がおかしかったのは、どうやら私だけではなかったみたい。きっと、いつ言い出そうか迷っていたんだと思う。

とても優しくて真面目な彼の、予期せぬ心変わりにただただ戸惑った。
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