隣は何をする人ぞ~カクテルと、恋の手ほどきを~
このバーにはメニューがある。でも、ハイボールはメニューの中に記載がない。もちろん、載ってなくとも提供してる飲み物はたくさんあるらしいのだが。
 
しばらくして、ふたつのグラスが目の前に置かれる。さすがにジョッキではなかったけれど、私の知っているハイボールの色をしていた。

「バーでも居酒屋メニュー出してくれるんですね」

オーダーした美樹自身も後から気付いたのか、そう疑問を口にした。

「二人がいつも行く居酒屋や、缶のハイボールとは、また違う味になっているはずだよ」

五十嵐さんが「飲んでみて」と促す。彼の得意気な様子に、このハイボールには秘密があるのかと、私達は慎重に口を付けた。
舌で味わいながら、ごくりと飲み込んだハイボールは、いつもと同じようで、何かが違う。

「なんだろう? 飲んだことない風味がします。おいしい。これすごい好き」

私がそう感想を言うと、美樹もうんうんと同意してくれる。そして、何かひらめいたように、ポンと手を打った。

「わかった。ウイスキーが違うんだ」
「正解。君たちがいつも飲んでいるハイボールは、ジャパニーズウイスキーの、馴染みある銘柄を使っていることが多いだろうね。今日は、スコッチウイスキーから、飲みやすそうなものを勝手に選んで作ってみた。ウイスキー愛好家はソーダで割って飲まない人も多いけど、今は年齢相応の飲み方でいいと思うよ」

ウイスキーの種類が違えば、「いつも」ではない、ちょっと特別なお酒になる。お酒って奥が深いものだなと感心せずにはいられない。

「ウイスキーが好きなら、次回はまた別の銘柄を試してみるといい。気に入ったものがあれば、その銘柄を覚えておくんだ。もっと年齢を重ねて……その時、オーセンティックバーに行ったとしたら、銘柄と飲み方を指定して注文してごらん」

五十嵐さんは、私達を導いてくれる人生の先生みたいだ。
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