Ignition
大企業の中にどうにかベンチャー気質を保とうと奔走し続けていても、気持ちに身体がついていかないこともある。新井が四十五歳という年齢を感じるのは大概こういった時である。知らぬ間に溜め息が落ちる。

「新井さん、おつかれさまです。……大丈夫ですか?」

 会議室を出ようとする新井の背中に声が掛かった。システム課の坂巻慎吾だ。横断的な仕事で社内評価の高い二十七歳は、気遣いまで抜かりない。

「おう、坂巻もおつかれ。ブラインド開けっ放しで会議中ずっと背中が熱いの何の。おかげで熱も下がったわ」

 冗談交じりの言葉に笑うでもなく、坂巻は心配そうに新井の目を覗きこんだ。

「今日は早めに上がった方が良さそうですね」
「帰れるもんなら帰りたいよ。しかし雑務も多くてな、総務部はある意味何でも屋だ」

「何か僕に出来ることがあれば、手伝わせてください」
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