Ignition
ふいに目頭が熱くなる。笑おうとしても唇の端をあげることさえも出来ない。それでも娘の前では泣くまいと、新井は眉間にぐっと力を入れる。

「きっと三年前にさっきの話を聞いてもよくわからなくて、お母さんの代わりにお父さんを恨んでただけだったかもしれない。でもね、今ならお父さんが離婚を決めたのもわかるよ。

だってお父さんは、いつでも私の気持ちを尊重しようとしてくれたし、それで自分が大切にされてるって思えたから。お母さんのことも、本当に大切だったんだよね」

「ああ、ちょっと待ってくれ美香」
 新井はそれだけ言って、路肩に車を停車させた。目の前が滲み始めて、とてもまともな運転ができる状態ではなかった。

シートベルトを外し、ハンドルに突っ伏した。美香は子供でもあやすように、新井の背中に手を添えて、とん、とんと優しく叩いた。
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