王太子殿下の花嫁なんてお断りです!
「さようにございます、アーノルド様」と頷いたのは、オリヴィアをここまで案内した老年の男性だった。


「後ほど見合いの席を設けます。それまではオリヴィア様には別室にて待機していただきますので、どうぞお寛ぎくださいませ」


お寛ぎくださいと言われたけれど、オリヴィアは寛ぐつもりは毛頭なかった。それどころかやる気に満ちて気持ちが逸っている。

なにせ目の前にいる王太子殿下にこっぴどく嫌われるために、領地から離れたここへとやって来たのだ。嫌われるためなら普段の自分よりもっと醜い令嬢を演じてやろうとさえ思っている。

オリヴィアがその愛らしくも美しい顔の下でこんなにも醜いことを思っているなど、この場にいる誰が思うだろう。

きっと夢にも思っていないだろうアーノルドは突然立ち上がると、オリヴィアに近づいてきた。


「実はオリヴィア嬢に会えるのをとても楽しみにしていたんだ」


そしてオリヴィアの艶やかなブロンズの髪をひと房手に取り美しく微笑んだ。


「滅多に社交界現れることのない、この世で最も美しいご令嬢。きみにはそんな噂があってね、その美しさは百合の花に例えられているんだ。知っていたかな?」

「…いえ、初めて知りました」


貴族との結婚も考えていないオリヴィアにとって、社交界に出るなど苦痛でしかない。そのためオリヴィアが社交界に出るのは、ダルトン伯爵に出席するように口説かれてどうにも断れないときだけで、数年に一回程度だ。

その上興味もない社交界の話など、オリヴィアにとってはどうだって良いこと。そんな話に耳を傾けるくらいなら、領民達と他愛のない話をしている方がよほど有意義だと思っているほどだ。自分が噂になっているなど夢にも思わなかった。


「どんな美しい令嬢かと思っていたけど、例えた人を称えたいくらいだ。美しく、愛らしく、凛とした気品に満ちていて、まるで白百合、いや芍薬のようだね」

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