花鳥風月
「……雨、止んだ……?」
傘から手を差し出してみる。
雨のあと特有の、飽和した空気がまとわりつく。
「……止んだな。」
傘をたたんで雨上がりの街を歩く。
表に出ている人は誰一人いないから、世界は二人だけで完成しているなんて馬鹿なことを錯覚してしまう。
雲に隠れていて分からなかった時間は、もう群青に染まっていた。
「……こんな時間だったんだ。」
「……あ。」
「……月、だね。」
「うん、満月。」
「……綺麗だね。」
「……月が、綺麗だね。」
夏目漱石の言葉。
逸話らしい。
漱石の教え子が『I love you』を『あなたを愛す』と訳したところ、漱石は「もっと気の利いた言葉に訳しなさい、例えば『月が綺麗ですね』とか。」と言ったらしい。