【完】李寵妃恋譚―この世界、君と共に―



「順薬師を、召すことをお許し頂けませんか」


そして、出された名前。


「順……嵐雪の、身内のものか」


「はい。彼女は素晴らしい人材です。何度か、お話をする機会を得たのですが……彼女は色んな方面に精通しており、私も色々と学ばせてもらいました」


高星たちが賞賛していたことを思い出して、黎祥は息をつく。


順翠玉などと言われても、顔は思い出されない。


栄貴妃の元にいるとは聞いてはいるが、用事がないので、栄貴妃が住まう碧寿宮にも近づかない。


その状態で、黎祥が彼女の存在を認めるのは難しい話で。


「構わん。だが……もし、それで、秋遠に何かあれば、そなたの責を問わなければならぬ」


黎祥がそう言うと、彼女は面を伏せて。


「件太医が罪を被られぬのであれば、私は構いません」


はっきりと、そう言った蘭太医。


どうやら、それだけ、順翠玉を信じているらしい。


「なら、良し」


黎祥が頷くと、


「皇恩に感謝します」


と、深く拝礼される。


もう、慣れた。


頭を下げられる度、空虚な皇帝の椅子に座るたび、自分は皇帝なのだと思い知らされる。


「……順翠玉とは、どのような人柄なんだ?」


「とても聡明で、お優しい方ですわ。後宮にいて、一度でも彼女と言葉を交わしたもの、治療を受けたものは皆、彼女に感謝しています」


そこまで言われるほどの、実力の持ち主なのか。


翠蓮のところで少し齧っているからか、そういう話には興味があるのだが。


「励め」


「はっ、」


黎祥の今の職業は、"皇帝”だから。


二度と、戻れやしないんだ。


"薬師助手”などという、楽しかったあの頃には。


そう思っていたのにも関わらず、天は数多の意図を織る。


会いたくても会えなくて。


会いたくなかったら、会ってしまう。


皮肉という名の、布の組み合わさった世で。


―避けられぬもの、それ、即ち、天命。


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