恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
保科から十五分くらいかな、そんなないか。大恩の家を見つけた。人が住んでいる?
灯りは消えているし、住んでいる気配がないんだけれど。
大丈夫かな、いるかな。インターホンを押してみよう。
インターホンに人差し指を置こうとしたら、目にも止まらぬスピードで、さっと指を包まれ温かくなった。
「嘘でしょ、人差し指がなくなった」
「よく見ろ、あるだろう。そんなに大声を出すな」
「離さないと噛みつきますよ、騒ぎますよ」
「ずいぶんと威勢がいいな。落ち着け、俺だ」
え? 人差し指を持たれたままの私は、くるりと体を回転させられ、振り向きざまに仰ぎ見た。
なんだ院長か、もう驚かせないでよ。
「どうして来たんですか」
「それは、こっちのセリフだ」
すっと人差し指を離した温かくて大きな手。
「オーナー、大丈夫ですかね。倒れてないかな」
「いろいろと首を突っ込むんだな」
「心配ですよ」
院長が大きなため息をつき、明後日の方向を見たかと思えば、眉を膨らまして天を仰ぎ見ている。
「スクラブのまま。そんなに慌てて飛び出して来なくても大丈夫ですよ」
「なぜ携帯の電源を入れておかない」
「香さんに、お二人の携帯番号聞くの忘れた。明日聞かないと大変」
「人の話を、よく聞け。大変なのは今だ。病院を出たら携帯の電源を入れろ」
そんなに、あれこれ言わないでもわかったって。返事のしるしに頷く。
「頷いていないで、即行動しろ」
あああ、うるさい命令。わかったって。行動邪魔されるの嫌なの。
携帯を出して電源を入れた。これで安心でしょ。
そんなことより、私はオーナーが心配なんだってば。
「まだ終わっていない。不在者着信を電話帳に登録しろ」
着信を鳴らされた。気まずい、変な汗が出てきた。
「携帯を見せてみろ」
「どうしてですか」
「登録したかの確認だ」
納得するまで、しつこいほど念入りに確認するのは、獣医師の性質かも。
「早くしろ」
「私に電話をかけてくるのは院長だけです。大丈夫です。はい、これで解決しました」
「誰が川瀬に電話をかけてこようと、そんなことには興味はない。緊急時には、しっかり対応しろ。それだけだ」
興味を持たれなくてけっこう。それよりも大恩のオーナーが気にかかる。
「あ、黒パグだ」
「目がいいですね、どこですか」
黒パグを見つけるなんて視力もいいんだ。住宅街の路地を、街灯を頼りに目を凝らした。どこにいるの?
気づいたら、手の中から携帯が消えていた。油断した。
「登録名は、INDIFFERENT VET。無頓着、無関心で冷淡な獣医師か。よく覚えておく」
顔も見ないで、くるりと優雅に手首を回し、私の方に携帯を向けてきた。
口調は、ゆっくりで怖い。
「違うんです、違うんです、これは違います」
慌てて、なんとかしようとした。
「なにが、なにとどう違うんだ、わかるように説明をしてみろ」
顔を仰ぎ見た。怒っている? 怒っていない?
口もとが微かに緩んだ。怒っていないみたい。
「院長も私の登録名を変えたら、おあいこです。早く」
苦い顔を見上げた。早くったら。
「距離が近い、離れろ」
「早く。私の登録名は、なににしますか」
灯りは消えているし、住んでいる気配がないんだけれど。
大丈夫かな、いるかな。インターホンを押してみよう。
インターホンに人差し指を置こうとしたら、目にも止まらぬスピードで、さっと指を包まれ温かくなった。
「嘘でしょ、人差し指がなくなった」
「よく見ろ、あるだろう。そんなに大声を出すな」
「離さないと噛みつきますよ、騒ぎますよ」
「ずいぶんと威勢がいいな。落ち着け、俺だ」
え? 人差し指を持たれたままの私は、くるりと体を回転させられ、振り向きざまに仰ぎ見た。
なんだ院長か、もう驚かせないでよ。
「どうして来たんですか」
「それは、こっちのセリフだ」
すっと人差し指を離した温かくて大きな手。
「オーナー、大丈夫ですかね。倒れてないかな」
「いろいろと首を突っ込むんだな」
「心配ですよ」
院長が大きなため息をつき、明後日の方向を見たかと思えば、眉を膨らまして天を仰ぎ見ている。
「スクラブのまま。そんなに慌てて飛び出して来なくても大丈夫ですよ」
「なぜ携帯の電源を入れておかない」
「香さんに、お二人の携帯番号聞くの忘れた。明日聞かないと大変」
「人の話を、よく聞け。大変なのは今だ。病院を出たら携帯の電源を入れろ」
そんなに、あれこれ言わないでもわかったって。返事のしるしに頷く。
「頷いていないで、即行動しろ」
あああ、うるさい命令。わかったって。行動邪魔されるの嫌なの。
携帯を出して電源を入れた。これで安心でしょ。
そんなことより、私はオーナーが心配なんだってば。
「まだ終わっていない。不在者着信を電話帳に登録しろ」
着信を鳴らされた。気まずい、変な汗が出てきた。
「携帯を見せてみろ」
「どうしてですか」
「登録したかの確認だ」
納得するまで、しつこいほど念入りに確認するのは、獣医師の性質かも。
「早くしろ」
「私に電話をかけてくるのは院長だけです。大丈夫です。はい、これで解決しました」
「誰が川瀬に電話をかけてこようと、そんなことには興味はない。緊急時には、しっかり対応しろ。それだけだ」
興味を持たれなくてけっこう。それよりも大恩のオーナーが気にかかる。
「あ、黒パグだ」
「目がいいですね、どこですか」
黒パグを見つけるなんて視力もいいんだ。住宅街の路地を、街灯を頼りに目を凝らした。どこにいるの?
気づいたら、手の中から携帯が消えていた。油断した。
「登録名は、INDIFFERENT VET。無頓着、無関心で冷淡な獣医師か。よく覚えておく」
顔も見ないで、くるりと優雅に手首を回し、私の方に携帯を向けてきた。
口調は、ゆっくりで怖い。
「違うんです、違うんです、これは違います」
慌てて、なんとかしようとした。
「なにが、なにとどう違うんだ、わかるように説明をしてみろ」
顔を仰ぎ見た。怒っている? 怒っていない?
口もとが微かに緩んだ。怒っていないみたい。
「院長も私の登録名を変えたら、おあいこです。早く」
苦い顔を見上げた。早くったら。
「距離が近い、離れろ」
「早く。私の登録名は、なににしますか」