恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
 携帯の画面を、じっと見て待つ。

「なぜ、川瀬に相談して決めないといけない? 登録名に興味はない」

 さっさと携帯をしまっちゃって、つまらないな。

「ところで、どうして大恩の家に行くってわかったんですか」

「探究心が強く好奇心旺盛な川瀬が、おとなしく帰宅するわけがない。必ず、ここに来ることはわかっていた」

 名探偵も真っ青の推理力と洞察力。

「なぜ、行くなと言うのに行くのか」
 ぽつりと呟き、首を傾げる。

「そこに大恩の家があるからです」
「ユニークな発想だ」

「で、どうしましょう」
「帰るんだよ」

 珍しく語尾が強い。なに言ってんだって顔で、がっつり睨まれた。

「他に選ぶ余地はない。一択だ」
「ピンポン、チャイム」
「帰るんだ」

 一語一句を切って強調して諭され、人差し指と親指で左肩をつままれて、連れて行かれた。

「来い」
 今来た道を、優雅に歩き出す院長の背中を追いかける。

「川瀬は、時間を決めて行動にメリハリをつける必要がある。意識的に考えろ。探究心と好奇心も、ほどほどにしろ」

「すみませんでした」
 顎が胸につきそうなほど落ち込む。

「花......気に入ったか」
「大好きな花ばかりで香さんに感謝です」
「それはよかった。アネキが喜ぶ」

「ケーキごちそうさまでした。院長の分までいただいちゃいました」
「構わない」
「お菓子作りが好きだから、お返しします」
「ああ」

 相変わらずクールで素っ気ないな。

 実は甘いの大好きだけどイメージを大切にしてバレたくないとか?

 そうこうしているうちに保科が見えてきた。

「すみませんでした。これからは探究心と好奇心、気をつけます」
「メリハリが必要だ」

 『では』って告げたのに、ボディーガードかって距離でついて来る。

 ここは路地で夜道は危ないから、大通りまで見送るって。大通りまで出て、さよならした。

 しばらく歩いてから何気なく歩きながら振り返ると、まだ見ている。

 ずっとずっと長い道なのに見えなくなるまで見張るの?

 また大恩の家に行くとでも思っているの? もう諦めましたよ、まっすぐ帰宅します。

 歩きながら西の空に輝く星を見つけた。

 勝手にお父さんって呼んでいる星が、今日も私を見守ってくれている。

 お父さん聞いて。

 今日は院長と香さんにお誕生日を祝ってもらったの。お誕生日のサプライズなんて初めてだから、とっても嬉しかった。

 お父さんは男親は娘が可愛いって、いつも言っていたもんね。

 私が生まれたときは泣きながら喜んだって、いつも話してくれたね。

 私は、お父さんとママの娘に生まれて幸せ。ありがとう。

 いつも想っているの。お父さんは空の上でなにをしているの?

 優しいから、私のことが心配? ゆっくりと眠れている? 

 ママと私を遺したまま、突然に旅立ってしまって辛いでしょう。

 でも心配しないで、私は大丈夫。

 胸を張って空を見上げれば、いつでもお父さんに逢えるんだもん。

 子どものころから姿勢がいいって褒められるのは、お父さんのおかげだよ。ありがとう。

 そうだ、『いつか毬もヒールを履くときがくるのかな』って、言ったことを覚えている?

『毬が、おとなになったらプレゼントするよ。少し背伸びをするヒールを』って。

 お父さんったら、まだ六歳の私に言ったよね。

 私がせっかちなのは、お父さん似だね。

 ここでは六年しか、いっしょにいられなかったから約束は叶わなかった。

 でも、またいつか再び逢えるって信じて生きているの。

 そのときまで約束は保留のままで待っていてね。

 お父さんからも見えるでしょ、可愛いお花もプレゼントしていただいたの。

 この花があるから寂しくないよ。香さんの優しさに包まれて、今夜はぐっすり眠れる。

 香さん、ありがとうございます。ついでに院長も。
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