恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
 代診医で保科に来たときみたいに、またサプライズを仕掛けてくるなんて信じられない。
 
「毬はArthurと知り合いなの?」
 あ、あ、Arthur。

 海知先生はママのお友だちですか? 出逢って早々だっていうのに、ママったらなんてフレンドリーなの。

 海知先生も人懐こいから、二人は気が合うかも。

「だれかと初めて出会ったとき。直感的に、その人が良い人だと感じるとき、毬にもあるでしょ? その人はシンパティクシュ」

「シンパティクシュ?」

「ハンガリー語なんだけど、日本語だと、なんて訳せばいいのかな。直感や感覚的な言葉なの」

「出会ったばかりの人にも、かかわらず“この人は素晴らしい”って、わかるだろ。あの感覚とでもいうのかな」

「Arthur、まさにそれがシンパティクシュよ。さすがね。もう本能的な言葉まで理解してるの? 賢いのね」

「頭脳明晰、エリート獣医師ですから」
「最高よ。自分のいいところは、どんどんアピールしていかなくちゃ」

 ママと海知先生が、すぐ打ち解け合えたのがわかる。
 お互いが、シンパティクシュっていうのね。

「ところで、ママ、ちょっといい? 自然にArthurって呼んでるのは、どうして?」

「彼のミドルネームだから」
 なにも不思議じゃないわって顔と、画面越しに目と目が合った。

 ママの横から海知先生が顔を出して、二人で並んでいる画面が嘘みたい。

「本名は、海知アーサー朝人だよ」
 初めて知った、なにそれ。
「ア、アーサーって」

「なんだよ、名前の通り、勇敢で高貴な精神だろ」
 自分で言う。

 絵に描いたような笑い声を上げるから、海知先生らしくて笑っちゃった。

「ロンドンで生まれただろ。だから、ミドルネームがあるんだよ」

「どうして教えてくれなかったんですか」
「アーサーは、日本で使う機会がないから、敢えて人には言わない」

 それもそうだ、使わないよね。

「にしても、海知アーサー朝人って、響きが凄くかっこいいですね」

「俺って才能、容姿、学力以外にも、すべてにおいて死角なしだろ。名前までもかっこよくて、まいったよ」

 こういうことを、挨拶がわりに普通に言ってくるから、華麗に聞き流す。相手にしなくても、海知先生は気にしないから楽は楽。

「朝人だから、アーサーってニックネームなのかと思いました」

「うん、わかった。ハンガリーに遊びに来たら、街中でマリアンヌって大声で呼んでやるから、ちゃんと振り返れよ」

 それは勘弁して。私、どう見てもマリアンヌって顔じゃないから。

「日本の街中でマリアンヌって呼んだほうが、インパクトがあっていいか」

「呼んだら、目ん玉にアル綿突っ込みますよ。絶対に振り返りませんから」

「毬って、いつもこうなの?」
 唖然としたママが海知先生に話しかけた。
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