恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
第四章 ロマンチックな顔したイケメン代診医
 切れぎれの眠りを朝日に起こされたように朝を迎えた。

 まるで遠足前の子どものころに戻ったみたいにウキウキする。

 眠ったは眠ったみたい。昨夜はベッドの中で想像しては、目が冴えて寝返りばかり打っていた。

 代診の先生に会えるのを楽しみに保科に出勤し、二階で投薬漏れがないかチェック中の今も、ワクワクが止まらない。

「先生がお見えになったわ」
 香さんの声に反応して上げた私の顔は、営業スマイルみたいでしょう。

 緩んだ顔が一瞬で固まるのが、自分でもわかった。思わず椅子から立ち上がり見入ってしまった。

「どうして海知先生なんですか」

「非常勤のスポット。獣医師は、狭い学閥の世界なのは川瀬もわかってるだろ」

それはわかるけれど、会ったことがない先生に会う楽しみが大きかったから、会えた喜びが小さい。

「海知先生は優秀な先生って、お聞きしていたから即戦力でお越しいただいたのよ」

「俺、秀逸な獣医師だから」

 私のほうを向きながら、当然みたいな顔で言っている。そこは否定でしょ、否定。思わず吹き出した。

 いつもの先生が体調を崩して海知先生にお願いしたんだって。

「教えてくださればいいのにぃ」
「サプライズ感があっていいのにぃ」
「海知先生、人が悪い」
「川瀬、顔が悪い」
「海知先生、目が悪い」
「川瀬、頭悪い」
「海知先生、口が悪い」

「あなたたち、テンポいいわね」
 香さんの顔が驚いた顔から笑顔に変わった。小川でも、よくスタッフから言われていたっけ。

 一階は香さんが案内したから二階を案内した。

「あれからどうだ?」
「ルカは容体急変で落ち(死に)ました」
「そっか、助けようと頑張ったのに残念だったな。気を落とすなよ」
「ありがとうございます」

「俺が言ったこと覚えてるよな、わかってるよな? いくら川瀬が細心の注意を払ってても、合併症は確率的に起こりうる」
「はい」
「ルカが落ちたのは、院長でも川瀬でも誰のせいでもない」

 大きく頷いた。大丈夫。そう、誰のせいでもない。

「動物の死を乗り越えるまで辛いよな」

「思い入れがある子は辛いです。他の子のときのように平然として、すぐに頭も心も切り替わるとはいきません」

 苦笑いを浮かべた。この先、動物の死に慣れることはないと思う。

「でも海知先生から与えていただいたヒントが、とても役立ってます。ありがとうございます」
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