恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
 子猫の成長は、あっという間。
 毎日毎日、変化するから、今この一瞬を大切に可愛い姿を愛でるの。

「もう、ごはんは怖くない? 今日できなくても、明日はできる。にゃんこ、明日には自分で食べられるかもね」

「昨日はできなかったのに、翌日にはできる。成長のスピードに感心する瞬間があるな」

 にゃんこに話しかけていたら、院長が答えた。話に入ってきてくれるなんて初めてかも。

「驚かされますよね、凄く嬉しい喜びで」

 今の院長の反応にか、子猫のことなのか自分でもわからない。
 驚きの中に嬉しい喜びが広がったのは事実。

 手のひらから、少しずつ手で食器に誘導したら、子猫が気づかずに食器の中から食べ始めた。

 そっと視線だけを院長に向けたら、少し口もとを緩ませながら浅く頷いた。

 こうして子猫は成長していく。こんなに小さな子猫でも、怖いって感情が芽生えている。

 猫の生後二ヶ月といったら、人間でいうと三歳だもん。

 気をつけて見てあげていないと、遊びに夢中になると危険なことが目に入らなくなる。

「ごちそうさまね」
 まだ小さな胃に、たくさん詰め込んだら消化不良をおこすから、時間を開けて少しずつ食べさせる。

「どうしてかな」
「どうした?」

「このくらいの子は、“もう私は赤ちゃんじゃないよ”って、ミルクに見向きもしなくなる子が多いのに、にゃんこは、まだ欲しがります。お母さんに甘えられなかったから恋しいのかなって」

 甘えられない寂しさを想ったら切なくなる。

「個体差があるから、気にするな。もういらないって、見向きもしなくなるときまで、たっぷりと飲ませてやる。それに存分に甘えさせてやるから安心しろ」

 個体差があるんだから、育児はゆったり焦らず根気よくって諭された。
 院長は、いいお母さんになれる。

 猫は、きれい好きだからトイレは思いのほか早く覚える。
 この子が健康になれば、トイレの躾はフェーダーにバトンタッチできる。

 しっかりと育て上げて里親に出すって言う、頼もしい院長に愛情いっぱい注がれて、育てられる茶トラちゃんは幸せもの。

「さ、血行促進、丈夫な体を作るからグルーミング」

 空気を変えるみたいに洗面所へ向かった院長が、熱めのタオルを固く絞って持って来た。

「貸して」
 私の手の中から茶トラちゃんを自分の手に収めた。

 優しくて温かい手は、まるでお母さん猫が舐めているみたいなんじゃない?

 茶トラちゃんが気持ち良さそうで眠っちゃいそう。

「寝た。ちび助、気持ちよかったのか」
 そっと呟いた院長が、静かに子猫を寝かせに行った。

 茶トラちゃんをあやす院長の声が、さっきからずっと、子守唄みたいに私の耳も体も心地よく刺激して、瞼が重くなってきた。

 いつの間にか眠っていたんだ。このベッドは前に泊めてもらったときのベッドだ。
< 72 / 239 >

この作品をシェア

pagetop