極上ショコラ〜恋愛小説家の密やかな盲愛〜
だから、早くあの夜のことを忘れ、篠原の艶めかしい悪戯に慣れなくてはいけない。
これは、彼の担当者として必要に迫られていること。


篠原の担当者としてやっていくのなら、こんなことで振り回されてはいられない。暴君な彼を言い包め、そしてたくさんの読者が待ち侘びている新作を書かせるくらいの気持ちが必要なのだ。


フゥと息を吐いて、コーヒーメーカーをセットする。


時計が指す時刻は、二十一時前。
夕食後から書斎に閉じこもったままの篠原が、もうすぐコーヒーを欲しがるはず。すっかり落ち着いた私は、コーヒーを持って書斎に行った。


「失礼します」


どうやら執筆に没頭しているらしく、彼からの返事はないけれど……。いつものことだから、書斎に足を踏み入れることへの抵抗はほとんどなかった。


無言のまま、コーヒーを置く。


「お前、もう帰ってもいいぞ」


それから数秒して、パソコンに視線を遣ったままの篠原がそう言い、カップに手を伸ばした。


「わかりました。では、原稿をください」


二月十五日の夜の出来事は、私の人生最大の失態だったけれど──。

「……わかってるよ」

あの時から彼が素直に原稿を渡してくれるようになったことで、それも少しだけ報われたような気がする。

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