極上ショコラ〜恋愛小説家の密やかな盲愛〜
私は、傷ついていたのだ。


「とても嬉しいです」


本当は、胸の中を占めていたのは戸惑いや虚しさよりも痛みだったのだと気づいた今、一度は押し込めたはずの言葉を声にしてしまっていた。


「先生のような有名作家の小説のモデルになれるなんて、嬉しくて嬉しくて涙が出そうです。……そう言えば、ご満足ですか?」


なんて嫌味な女なのだろう。


「……なんだよ、それ」


自分を過大評価するつもりはないけれど、私は少なくともこんな言い方をする人間じゃなかったのに──。

「バカにしないでください」

今はもう、口が止まる気がしなかった。


「恋人に浮気されて振られた女を言い包めて、抱いて……。先生にとっては小説のネタにできるような笑い話なのかもしれないですけど、いくらなんでもあんまりです。それとも、私にならなにをしてもいいと思っているんですか?」

「ちょっと待て! お前──」

「私が篠原櫂のファンだから、モデルにしてやれば喜ぶとでも思いましたか? だったら、先生の思い上がりもいいところです。私は、あんな風にネタにされたって嬉しくなんかありません!」


淡々と話していた口調は、気がつけば荒くなっていた。


「私は、あんな作品っ……嫌いです!」


そして、その勢いのままそう言い放った。

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