彼と彼女の花いちもんめ~溺愛王子の包囲網~
翻弄されるのは、恋、だから?
「・・・で、こっちの書類が、販促品のボールペンの申請、マウスパッドは・・・こっち」
篤樹がカウンターに並べる書類をひとつずつチェックしながら、みちるが頷く。
社内の誰にも極秘のお付き合いの為、仕事中は一切態度を崩さないように心掛けている。
緊張しすぎてピリピリしてしまうのだが、そんなみちるの様子さえ、楽しそうに見つめる篤樹の視線から逃れる様に、ひたすら書類だけを見つめる。
「メールで連絡が来てた分ですよね」
「そう・・・あ・・・しまった」
「どう・・かしました?」
「メモ用紙の申請もあるんだった」
備品発注は、週に1度と決まっており、遅れると翌週に回される。
纏めて必要な場合は必ず一括注文が必要だった。
「今日の4時までには提出してもらわないと困るんですけど・・・」
「俺、昼から外出なんで、誰かに頼んどきます。
申し訳ないけど、念の為3時にうちの部署覗いて貰っていいですか?」
有無を言わさぬ笑みを向けられて、みちるがぐっと答えに詰まる。
「わ・・・わかり・・ました」
「助かります、じゃあ、仁科さん、よろしく」
念を押すように微笑えんで、篤樹が総務部を出て行く。
極力営業本部には近づきたくないのに・・・
みちるは、去っていく篤樹の後姿を睨みつけて、盛大に溜息を吐いた。


約束の3時少し前。
営業本部に足を踏み入れたみちるは、フロアを見渡して、ぎょっとした。
外出した筈の篤樹が、席からこちらを見ていたのだ。
いないって言ったじゃない!
思いっきりダッシュで逃げ出したくなる。
今から大急ぎで戻って、やっぱり持ってきてくださいって言おうかな・・・
今にも踵を返しそうなみちるの耳に、篤樹の声が聞こえてきた。
「来てもらってすみません」
「・・・!」
無言のまま睨み返すと、さして気にした様子も無く、篤樹が柔らかい笑みを浮かべた。
その顔を見て確信する。
騙したんだ!!
「ちょっと書類多いんで、向こうで確認して貰えます?」
「も、持って帰ってたしか・・」
「いーから」
みちるが逃げ出すより先に、篤樹がみちるの腕を掴んだ。
ミーティングに使う、摺りガラスで仕切られた個別スペースに連れていかれる。
まさかここで大声を上げるわけにもいかずに、みちるは険しい表情のまま、篤樹を睨みつけた。
「ハイ、こちらが書類になります」
「お預かりしますっ」
書類を受け取るなり、椅子から立ち上がったみちるの腕を浮かんで、篤樹が引っ張る。
「なんでそこですぐ帰ろうとすんの」
「コレ受け取りに来ただけなんですけど!」
「・・・」
少し考える素振りを見せた篤樹が、徐にみちるの手から茶封筒を取り上げた。
自分の背中に隠すと、にっこり微笑む。
「今日、残業?」
「・・・一時間位残るかもしれないけど・・・何ですか?」
顰め面のままでみちるが返す。
書類を貰わない事には仕事が出来ない。
篤樹に付き合ってる暇はない。
何考えてんの、この人・・・
「晩飯食いに行かない?」
「・・・な、なんで急に・・・」
「大型案件が片付いて、今日は早く帰れそうだから。みちると居たいなと思って」
「・・・」
「返答次第では、コレ、返すよ」
「そういう強引なの・・・」
「頷いてくれるまでは、押すことにした。助言も貰ったしね」
「はあ?」
「あれこれ悩む時間はあげないよ。迷えば迷うだけ、面白く無い答えが出そうだし」
「・・・だから、考えてるって・・・」
「まだ疑ってる?」
「・・・」
「あー・・・そうなんだ」
黙り込んだみちるの反応を見て、篤樹が指を伸ばして来る。
書類を受け取ろうと出したままの手を掴まれた。
「っ!なに・・」
「俺の本気って、どーやったら伝わるんだろ」
爪の先に音を立ててキスしながら、篤樹がじっとみちるを見つめる。
「・・・・」
突然の出来事に、みちるは言葉も出ない。
触れられた爪が、途端に熱を持って疼きだす。
篤樹の乾いた唇の感触が、やけに鮮明で、頬が熱くなる。
こうやって、甘ったるい雰囲気に流されてしまえば負けなのに。
まだ、本気で信じてないはずなのに。
少しずつ、少しずつ、惹かれていく気持ちを隠し切れなくなる。
篤樹が爪から唇を離して、溜息を吐いた。
「本気で大事にしたいから・・・キスも出来ないのに」
頬や、耳たぶに戯れのように落とされるキス。
けれど、篤樹は、唇にだけは触れなかった。
彼なりのけじめだったのだろうか。
何と答えて良いか分からずに、答えを探すみちるに根負けして、篤樹が背中から茶封筒を引っ張り出した。
「・・・仕事終わったら連絡してくれる?」
「わ・・・かりました・・」
みちるが一言だけ答えると、篤樹は茶封筒を差し出した。
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