彼と彼女の花いちもんめ~溺愛王子の包囲網~
溺れるってこういうこと
「もしもし?みちる?」
「なんっで言うのよーっ!!!!」
翌日の昼休み、森林公園をガツガツ歩いて抜けながらみちるはスマホ越しに叫んだ。
ベンチに腰掛けてランチ中のOLやらサラリーマンがぎょっとなるが、知った事じゃない。
昨夜、あれだけ熱い夜を過ごした恋人に対する口調とは思えない。
とにかく、今はこの怒りをぶちまけてしまわない事には、お昼も喉を通りそうになかった。
「っえ?何が・・・っていうか何を怒ってんの・・・」
あれだけ甘ったるい時間を過ごした恋人からの電話とは思えない程に張りつめた空気。
今朝方、家まで送った時にはそんな素振り見せていなかったのに。
何事かと慌てる篤樹に向かって、みちるが剣呑な口調のまま続けた。
「柿谷さんが来たわよっ!」
「ええ?」
「さっき、うちの部署に来て・・・あ・・・篤樹を、ほ・・・骨抜きにしたの、君?って・・・」
狼狽えて最後は小声になりながらもみちるが言い切ると、一拍おいて、篤樹がああ、とあっさり頷いた。
「なんだ、そのこと?」
「な、なんだって・・・そ、そんなあっさり・・」
「訊かれたら、言うって言ったろ」
「そんなの言った!?」
「言ったよ」
「いつよ!」
「昨夜」
「・・・っ・・・あ、あんな時に言われたって、冷静に聞けるわけ・・ないでしょっ」
思考回路は停止状態で、篤樹の感覚だけを追うのに必死だったのに。
あれこれ言われて、まともに聞けるわけがない。
「別にもう隠す事必要ないし」
「・・そ、そうだけど、そうなんだけどっ・・」
「そんなに俺と付き合ってるってばれるのいや?」
「・・・女子に刺される覚悟がいるからね」
「まーた大げさな事言って・・」
「大げさじゃないってば!」
篤樹は知らないから言えるのだ。
憧れのアイドルに熱愛が発覚した時の、女子の落胆と怒りと失望を。
「はいはい・・・とにかく、貴壱には何も言ってないし、訊かれてない」
「じゃ、じゃあなんで」
「斗馬には訊かれたから言った。そっちから聞いたんじゃない?」
「斗馬って・・・杉本さん?」
「そう」
「あいつ今日早朝出勤だったから、朝駅前で俺の車見たらしい。助手席にみちるが乗ってたから、もしかして、って」
「・・・な、なんて言ったのよ」
「え?連れて帰ったって」
「・・・」
「どーなってんだってせっつかれてたんだ。ちょっと位自慢させてよ。みちるの事は、変な風に言ってないから」
「あ、当たり前でしょ!」
昨夜のアレコレを事細かに説明したわけじゃなくても、朝帰りを見られたというだけで、顔から火が出そうだ。
公園を抜けて、コンビニ前の歩道で立ち止まって、頬を押さえる。
ちょっとクールダウンしないと・・・
小さく息を吐いたみちるの耳に、篤樹の気遣うような声が聞こえてきた。
「それより、寝不足平気?」
「・・・ちょっと眠いけど・・大丈夫・・・あたしより、篤樹のほうが寝るの遅かったでしょ?」
「みちるの寝顔見てたからね」
「・・・ちゃんと寝た?」
「ちゃんとは寝てないかもしれないけど、辛くはないよ」
「今日も遅い?」
「いつも通りかな、なんで?」
「今からコンビニ行くし、なんか買っていってあげようか?」
ついでだし、と付け加えると、篤樹が小さく笑った。
「欲しいものは無いけど、みちるに会いたいな」
「・・・」
「後でそっち行っていい?」
「うん」
頷いて、コンビニのドアを押し開ける。
やっぱり、篤樹用に眠気覚ましのコーヒーを買ってあげようと思った。
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